2018年2月20日に『マグナ・キヴィタス 人形博士と機械少年』(集英社オレンジ文庫)が発売されます。
今回はタイミングがあわなかったこともあり、特典SSがないリリースになったため、何か特典があったらいいな……新しい本だから発売前に検索しても中身のことはわからないだろうし、なんとなく「こんな雰囲気ですよ」とつかめるものがあれば……
と思った結果、twitterで35ツイートほどかけて、短い小説を更新しました。せっかくなのでblogにまとめます。
本編を読む前でも、読んだ後でも、読もうかどうか迷っている時でも、特にこれというネタバレはありません。
ご笑納ください。
——-
Prelude for Civitas
ようこそキヴィタスへ!
僕の名前はハビ・アンブロシア・ハーミーズ。ハビでいいよ。見ての通り何の変哲もないサイボーグだけど……え? 映ってない? ちょっと待って。接続ミスかなあ。モード、モード! いるー? 予備のデバイスはどこだっけ。
ごめんね、機材がポンコツだったみたいだ。今君の目の画面に、金髪碧眼白い肌の、人とも思われない超絶イケメンが映っていたら、それは僕じゃない。回路の混線だ。天パのひょろ長い体形の、無精ひげのおじさんが映ってたら大成功。やあ、ハビです。
お察しの通り、僕は君に対して『キヴィタス』の基礎的な説明をする、チュートリアルおじさんの役割を任された人間だ。正直そんなに説明上手でもないし、何だか申し訳ないんだけど、ここには他に人材がいないんだ。精一杯がんばるから、どうぞよろしくね。
まずはじめに『キヴィタス』について少し説明をしよう。『海上人工都市』という説明が下にあったね。どういうところかって? ではデータから。『全高12,000m, 全56階層、人口1億6000万人』。ちなみにこの1億6000万って数字には、サイボーグもオールナチュラルの人間も、等しく含まれてるよ。
遠くから見ると、海にそびえたつ巨大なウェディングケーキってところかな。大質量で縦長のプラントだ。もし君が、映像ファイルで『階段ピラミッド』ってものを見たことがあるのなら、それを想像してくれてもいい。できれば縦に引き伸ばしてね。居住区のミルフィーユだ。そして僕たちがいるのは、キヴィタスの第56階層。最上階層だ。
ようこそ最上階層へ! ウェルカム即戦力! あ、今のはクラッカーの音だよ。何か嬉しいことがあった時に鳴らす道具なんだ。展望台から下を見た? 一度は試した方がいいよ。絶対に最初は怖くて気絶しそうになるから……まだどこにも? そっか。そうだね、まだここへ来たばかりだもんね。
ああ、ごめん。保安部の緊急回線から割り込みが入ってる。う、これは夜勤かな。多分これは野良アンドロイドの一斉検挙が成功しちゃった感じだな。申し訳ないけど、今夜はここまでにして、また連絡してもいいかな。何かあったら遠慮せず、今君の画面に表示されている番号に、携帯端末から連絡して。『ハビ・アンブロシア・ハーミーズ主任研究員』って出てる? それだ。『主任はいますか』って管理局に問い合わせても僕が出るよ。ああっ、管理局のことは明日話そうか! じゃあまた!
やあ、ハビだよ! 昨日は初顔合わせだったのにバタバタでごめんね。駆け込みの調律案件が入ってどうしてもね。あれからどうした? あ、買い物に行ったんだね。昨日より部屋の中にものが増えてるね。うんうん、いい感じだ。
昨日話し損ねた分、もう少しだけキヴィタスの話をさせてほしい。実にこのプラントの中で一億人以上の人間が暮らしているけれど、彼らの衣食住に必要なものも、99%キヴィタスの中で賄われいている。知ってた? これはちょっと、外部の基準で考えると凄い。たとえば君のレジデンスの壁にも、ランドリーシュートの穴があると思うけれど、洗濯ものをそこに投げ込めば、半日もすれば第四十階層あたりできれいになって、ロボット配達で届く。レストランで出てくる野菜も、第二十階層代の農業エリアでつくられたものだし、ハンバーガーのパテも幹細胞ファームの新鮮なお肉だ。
全五十六階層のキヴィタスだけれど、発電とか農業とか重工業とか、居住スペースも含めてだいたい六つのパーツにわかれて機能している。外部との交流がなくても、この分業体制のおかげで自給自足が可能なんだね。
では、その労働力は一体、どこからやってくるのでしょうか?
なーんて、問題にするまでもないね。お待たせしました。ようやく管理局の話が――ん? ちょ、ちょっと待ってね。なに、どうしたの?
オーブンが壊れた?
またー? 何でそんなにオーブンばっかり。
ちょっと使い過ぎじゃないかなあ。
……え? いやいや怒ってるわけじゃないんだよ。本当に怒ってない。ごめん。ごめんね。
あー。あー。そうだったね。そのオーブンはこの前君がもっと高いものにしてほしいって言っていたのに、僕がバーゲン品を選んで、うん。うん、そうだった。そうだったね。僕が悪かった。ごめん。本当にごめん。
お願いだからそんなにへそをまげないでよ。
…………あ、あのね、本当に申し訳ないんだけど……
……家で問題が発生しちゃって……
え? 修理に行くって? いいよいいよ、家電の調整くらい僕だってできる。また明日、おしゃべりに付き合ってもらえるかな。次こそは管理局の話をしよう。うん。またね!
モード、仲直りしようよ。
——
「音声入ってるか? ようこそキヴィタスの夜へ。今宵のお相手は魅惑の美少年、謎のDJイニシャルWだ。金曜の夜、いかがお過ごしかな? 恋の道にお悩みの方もそうでない方も、皆さまお楽しみいただけますように。じゃ、いくぜ」
「ラジオネームノックアウトさん。『こんばんは。いつも楽しく海賊ラジオを聴いています。DJさんは何歳ですか? どこに住んでますか?』。ハニー、悪いがこれは海賊ラジオでな、正直にそれを言うと俺は逮捕されちまうんだ。君のお耳の恋人ってことにしておいてくれ。次」
「ラジオネーム油堅物さんから。『背が高すぎるって彼氏に言われたので、脚部のサイボーグパーツを調整して身長を五センチ低くしたのに、今度は低すぎるって言われました。どうしたらいいですか』。ハニー、あんたはボディパーツじゃなくて彼氏を交換したほうがいい。後釜は俺とかどう? 次」
「ラジオネーム春の声さん。『アンドロイドを購入してみたいのですが高いので新品は買えません。いい中古店を知りたいです』。海賊電波にふさわしいご質問をどうもありがとう。店じゃなくてブローカーに知り合いを作りなよ。ただし気をつけな、がらくたをつかまされても中古じゃ保証はきかないからな。次」
「ラジオネームZZZさん。『DJの甘くて可愛い声にめろめろです。今日のパンツは何色ですか?』。おお、愛に迷える哀れな子羊よ。何で俺が下着なんかつけてると思ったんだ? 愛を語る時には全裸に香水だけだぜ。銘柄は俺の枕元に来た時にでも調べな。次」
「ラジオネーム金のオウムさん『夫がアンドロイド管理局保安部に勤めています。激務なのに調律部より給料が低いってぐちります。どうにかなりませんか』。気晴らしにパーッと遊びにいきなよ。旦那さんには転職をすすめな。世間の敵だぜ。次」
「ラジオネーム……あーっベッシーだめだ! やめろそれは餌じゃなくてスイッチだ! まだ今週分のギャラもらってないんだよ! だめだだめだボタンを踏むな! あとで遊んでやるから! あーっ! あーっ!」
——
やあ。久しぶり、ってほどでもないと思うけど、少し間が開いたね。あれからどう。何か不自由はない? 変な海賊電波を受信したりしていない? ああ、海賊電波っていうのは、違法なラジオ局が小金を稼ぐために、口憚られるようなニュースをまとめた情報番組を――特にそういうことはなかった?
ならよかった。
この前はどこまで話したっけ。『キヴィタスの自給自足経済について』? ありがとう。
さて、必要なものは全てまかなえるこの都市だけど、農場でお肉をつくるにも機械を動かすのにも労働力が必要だ。その働き手は一体どこからわいてくるのか?
お察しの通り、この海洋人工都市を背負って立っているのはアンドロイドだ。人間そっくりにつくられた機械で、レアメタルのボディパーツをシリコンあるいはラテックスの被膜が覆っている。精密機器だから一体あたり一万クレジットはかたい。新古のホヴァーカーが買えちゃうね。
人間がプログラミングさせた作業をするだけならロボットのほうが効率がいいけれど、アンドロイドの強みは感情情報型学習装置だ。すごい字面だな! 感情情報学習装置! いわゆる『情動領域』だ。内容はシンプルだけどね。
人間の感情には何の役割があるのか? 喜びや悲しみに何の意味があるのか。切り口によってさまざまな回答が考えられる問いだけど、一番無難な回答は『あるほうが学びがはかどるから』だ。神から人間に与えられた究極の実用品ということもできるだろう。
おっと、公共の電波で『神』とか言うとキヴィタスの無宗教原則にひっかかるって? うん、まあ、君の居住区の名前が『アルテミス地区』って時点でかなりルーズな原則だから、細かいことは気にしなくても……あ、脱線した。
今度は人間が機械に、その『究極の実用品』を与える番になったわけだ。
情動領域は人間の脳をモデルにしたパーツだ。あの半球体のおかげで、アンドロイドは『喜び』や『幸せ』を感じ、タスクを汎化、作業効率を上げることができるからね。これがなく、メモリ領域と基礎中枢しか持たないAIをロボットと呼称し――って、アンドロイド工学をおさめた人にする話じゃないか。
宗教倫理がまだ現役の国からは突き上げも多いけれど、既にキヴィタスは彼らなしには立ち行かない。しかし喜びのあるところ必ず悲しみがあり、幸せのあるところには不幸がある。どうしても不調をかかえがちな彼らを支えるのが、アンドロイドのプロフェッショナル、そう、僕たちの管理局だ。
通称『管理局』、正式名称は州情報庁アンドロイド管理局。君が配属されるのは、管理局調律部調律科。最初に書類の不備をお詫びしよう。君に最初に届けたメールには、君の肩書が『アンドロイド管理官』と書かれていたけれど、そんなものは存在しない。君の役職名は『アンドロイド調律師』だ。
アンドロイドの情動領域を、調え律してあげるのが仕事だ。
緊張しているかい? 僕は全然だよ。君の成績はもう十分に聞き及んでる。管理局には変人が多いけど……っていうか変人しかいないけど、みんな腕利きのエンジニアだ。だが君は彼らと比較してもそん色のない腕前を学校で示している。誇ってほしい。僕たちも君を迎え入れることを誇りに思う。
どうぞよろしく。エルガー・オルトン調律師。簡単にエルガー博士と呼ぼうか。嘘にはならないよ。調律師免許には博士号相当の学位としての意味もあるからね。あ、畏まらない方がいい? じゃあ何て呼ぼうか。
何かあだなとか、あった?
『エル』? ああ、そうか……本当にそう呼んでいいの? そう。わかった。じゃ、これからは、エルくんと呼ばせてもらう。
改めてよろしく。
そうだ、僕の名前を覚えてる? そう、大正解! ハビだよ、ハビ主任でいいからね。じゃあ、明日管理局で。きっと明日からは忙しくなるから、今夜はよく休んでね。
どうぞよい夜を。
≪通信を終了します≫
———-よい夜をおすごしください。第五十六階層 キヴィタス州———-