2026中田正義誕生日SS

May 14,2026

ご注意:このSS(短い小説)は宝石商最終巻後の時系列のお話になります。そのため最終巻のネタバレが含まれます。最終巻未読の方は、このSSを読まないでとっておくか、ネタバレを気にしないで読むか、どちらかになってしまいます……。どうぞお許しください。   ——-   「結婚して一度目の誕生日祝いが電話というのは、いかがなものかと思います」 都内のコーヒーショップ。 勉強の学生も外回りの営業もいなくなった十八時。 子どもの日用のおりがみ掲示を壁からはがし、あとは捨てるだけ、という状態にした私は、カウンターの中でふいに聞き耳を立ててしまった。手持無沙汰だったのだ。 店内の一番奥の席で、さっきまでラップトップPCをいじっていたサングラスの金髪の男性が、今は電話をしている。私は見るからにアジアアジアした外見の日本人だが、十二歳の時まではオーストラリアで暮らして

オール讀物「オートクチュールD」掲載

May 12,2026

文芸春秋から発行されているエンターテイメント文芸誌 「オール讀物(よみもの)」5・6月号から 「オートクチュールD」というお話を連載させていただいています。 お洋服を作る人たちのお話です。   オール讀物といえば、父方のおじいちゃんが好きでよく買っていた雑誌……。そこに自分の小説を載せていただいている現実がまだ上手に受け止められていませんが、何にせよしめきりはやってくるので頑張って原稿を書いています。いつもおなかを減らしているけれど服飾にかける情熱は人100倍くらいある専門学校生・茜ちゃんと、彼女が出会う謎めいた服作り職人・神楽さんの物語です。Dってなんだろう……? どっちのイニシャルでもないね……? という謎、だんだん解明されてゆくと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。   思えばこのお仕事をいただいたのはもう何年も前になるのですが、なかなか原稿をあげること

角川文庫「ヤースレリア大陸物語 ルマールの偽伯爵」発売

May 12,2026

2026年3月に、角川文庫から「ヤースレリア大陸物語 ルマールの偽伯爵」を出版させていただきました。 挿画はkokuno先生です。オレンジ文庫では「魔法使いのお留守番」などでお馴染みですね。あまりにもかっこいい……! 異世界ファンタジーで、少年たちが権謀術数と戦います。 おしらせが遅くなってしまい、もう2026年の5月ですが、ありがたいことにいろいろな人に読んでいただけているようです。辻村七子はじめてのファンタジーということで不安もあったのですが、「ファンタジーを書きましょう!」と提案してくださった角川の編集さんにも感謝です。ファンタジー、ずっと書きたかったのです。高校生の頃の自分に「おまえ、作家になって、ファンタジーの本を出させてもらってるよ」と言ったら、飛び上がって喜ぶと思います。よかったな、高校生の自分。 博学ではあるものの謎の理由で長年監禁されていたためあぶなっかしい少年ノウ、彼に

2026年SFカーニバル

April 11,2026

今年も代官山蔦屋書店さんで、SFカーニバルが開催される時期となりました。もう何度目の参加になるでしょうか。参加させていただけてありがたいことです。 辻村も合同サイン会に、4/11のトップバッターとして加わりました。それにしても暑かった! 四月の半ばだというのに、何ら問題なく一日半袖で過ごせるお日和でした。すごい。 サイン会ブースで配ったペーパーの内容を、以下に再録します。 本当なら3月に角川文庫から発売された「ルマールの偽伯爵」という書籍の宣伝記事を先に書きたかったのですが、タイミングが合わず……!(早く書きなさい!) 次の更新はその記事になると思います。どうぞ気長にお待ちください。     二〇二六年 SFカーニバルに寄す無料配布ペーパー ―SFって何なのさ― 辻村七子   二〇二六年SFカーニバル開催おめでとうございます。私は四月十一日の初日にサイン会をさ

2025年末特番04

December 31,2025

年末特番04みのるくんのいない間に     「リチャード、俺……うまくやれてるかな」 みのるくんが学校に行き、珍しく俺とリチャードの二人が家に残った朝。 気づけば俺は、そんなことを尋ねていた。 二人暮らしになるはずだった生活が、三人暮らしになってから二週間。そこそこ慣れてきた頃合いではあると思う。ありがたいことにみのるくんはリチャードにシンパシーを感じてくれているらしく――ありがとう、美貌の超人の寝起きの悪さよ――変に気を遣いすぎるようなことも、今のところほとんどないように思う。 どちらかというと、彼が気を遣っているのは俺だ。 中田さんという呼び方はようやく『正義さん』に替わったが、それでもやはり、壁は感じる。壁というか、彼が階段の同じ段に乗ってこようとしないというか、俺をずっと見上げてくれているというか。 大丈夫なのか。 大丈夫なのか中田正義――と、俺は一日に何度も自

2025年末特番03

December 31,2025

年末特番03 タローの思い出     「本当にその名前にするのですか」 「何度も言うけど、お前にもっといい候補があるなら、そっちにする」 「………………」 リチャードは黙ってしまった。 クウゥ、と犬が声をあげる。スリランカによくいる雑種の茶色い犬で、まだ若い。一歳にはなっていないと思う。名前はまだない。 今この瞬間には、まだ。 俺たちはスリランカの社宅で、この犬と仲良くやると決めたのだ。 名前をつけるのは俺に任せるとリチャードは言ってくれた。こいつを見つけてきたのが俺だったからだ。もしかしたら俺の中に、既にひそかにこいつを呼ぶときの名前があるのかもしれないと思ってくれたのかもしれない。多少は正しい推測だ。あるにはあった。でもただの愛称のようなものだったので、リチャードのセンスに合わないならば取り下げる。 果たしてその名前は何でしょう、とリチャードが言ったので、俺は胸を張

2025年末特番02

December 31,2025

年末特番02 ホテル滞在   大型ホテルはある種の異空間だ。 施設の中だけで生活が完結してしまう。 寝る所はある。風呂にも入れる。食べ物を買いに行く必要もない。服は毎日洗濯してもらえる。もちろんお金はかかるのだが、今回の俺の場合、そのあたりの経費は全て丸抱えにしてもらっている。凄まじい金額になっているはずだが、今はそれは考えないことにしている。そこまで考えられるほど、メンタルが回復している気がしないからだ。 現在の俺は、いろいろあって療養中――と言えばいいのだろうか。 人生の一大事というとオーバーすぎるが、いやカウンセラーの先生には「そのくらいのことだったと思いますよ」と言われたが、ちょっと嫌な出来事があり、それで精神的にダメージを喰らっている状態なのである。しかしありがたいことに、ひろみや中田さんといった家族、そしてリチャードやその親族など、ありがたいメンバーのフルサポートを受

2025年末特番01

December 31,2025

年末特番01 ダウンジャケットの話     俺、中田正義がエトランジェに勤め始めて初めての冬。 銀座に雪が降った。 昨日に続いて、この冬二度目の雪だ。 店に入った時にはまだ降っていなかったが、三十パーセントの予想で夜からは雪だったので、俺もリチャードも傘を持っていた。だが想定外だったのは、前日の雪がとけて凍り付いて、路面がツルツルになっていたことだ。スケートリンクの上に雪が降ったところを想像してもらいたい。そんな感じだ。 俺はフォーマルめとはいえ運動靴をはいていた。最近セールで買ったダウンジャケットと同じ黒色である。裏はゴム。雪でもある程度は大丈夫だ。 だがリチャード氏は革靴である。 それはもちろん、難儀している。 エトランジェの出口である階段を降り切ったところで、リチャード氏はテナントの壁につかまったまま硬直していた。棒立ちになっているわけではなく、絶妙なバランスを保

バートランド氏のゆううつ

December 24,2025

「……目が合っちゃったんだよな」 そう言って俺、中田正義は、リチャード・ラナシンハ・ドヴルピアン氏に、しずしずと透明なビニールの包みを差し出した。袋の口には赤字に金糸で刺繍された、はなやかなリボンが巻かれている。 中身はぬいぐるみである。 ひとかかえはあるかという、淡いクリーム色のくまちゃんである。 ところで俺、中田正義はアラサーである。大学生であったことも、もはや懐かしい思い出に化けつつある。良識のなさも多少は緩和されてきたと思う。そういうのは日々の勉強だとも思う。まあそれはいい。 俺は既に、そういう人間であるはすなのに。 大事な人の誕生日に、いきなり趣味でもないものを買ってくるのはどうかと思う。 十二月二十四日。クリスマス・イブの日。 俺の大切なリチャードの誕生日でもある。 毎年プレゼントには頭を悩ませる。ロイヤルミルクティー好きのリチャードらしき茶器を選んだこともあれば、寒いシーズン

早川書房「博士とマリア」

December 12,2025

2025年12月3日に、早川書房(ハヤカワ文庫JA)から「博士とマリア」が発売されました。 世界が沈没した後の世界を、医療船で旅する「博士」と、助手ロボットの「マリア」のSF作品です。短編連作で、5本収録されています。今まで書かせていただいた作品の中では、「マグナ・キヴィタス」に一番近い世界観ではないかと思います。 担当のKさんが「私が担当した中で間違いなく、一番読みやすい(SFが得意じゃない人にも、という意味)SFです!」と言ってくださった一冊です。とても楽しく書かせていただき、SFマガジンに連載するという初めての体験もさせていただきました。 収録されている「殻むき工場船から」は、もともとのタイトルは「殻むき工場船」だったのですが、友人に『キャラメル工場から』という作品の存在を知らせてもらい、それじゃあ蟹の船とキャラメルのハイブリッドにしよう! と思いこのタイトルになりました。 既に全国