いつかの6月28日 ver.2021

June 28,2021

「――日付が変わったね。あなたのお誕生日だよ。おめでとう!」 「ありがとう」 「おめでとーう!」 「ありがとね」 「テンションひっくい。何でもしてほしいことしてあげるよ」 「別にいいよ。そういう関係でもないし」 「どういう関係のこと言ってるの? 友達の誕生日を祝うのは当たり前のことだよ」 「………………」 「ちょっと」 「………………」 「ちょっとー? ハロー?」 「……いや、君と僕は、友達だったんだなあって」 「私の中では、一度会ったら『お知り合い』、二度会ったら『知人』、三度会ったら『お友達』なの。よって私たちはお友達。もう十回くらいは会ってるでしょ? そういう意味」 「ああ、そういうヨアキムコードがあったんだ」 「あったの。さ、何してほしい?」 「いいよ、別に何もしなくて」 「踊ってあげるけど」 「いい。特にないんだ。してほしいこと」 「…………ふーん。ま、いいよ。わかってはいたし。

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May 14,2021

「正義!」 「リチャード! やったな!」 「やりました」 「やったな!」 「ええ、やりましたとも」 俺たちは満面の笑みを浮かべ、ハイタッチをした。高校生の運動部のごとくさわやかな手の平の音が、パーンと部屋の中に響き渡る。そして粉が飛び散る。 ホットケーキの試行回数は、実に十四回を超えていた。 その十四回のうちわけを説明する気はない。名誉の問題である。いろいろあった。とりあえずいろいろあったことだけわかってもらえればいい。粉が散り、牛乳が飛び、砂糖が舞い、火災報知器が発動した。 そして十五回目。 見事に俺の上司、リチャード・ラナシンハ・ドヴルピアン氏は、ホットケーキを焼き上げることに成功したのである。直径十五センチほどの、満月のようなまあるいケーキ。あまり膨らまなかったが、もちもちしておいしそうだ。 実の所リチャードが、苦手な料理に挑むのはこれが初めてではなかった。 だが最初から、俺の助力を

Happy White Day

March 14,2021

「……バレンタインに、好きな子からチョコもらったんだけど、どうすればいいかわからない」 爆弾。 たとえるならば、そんな言葉だった。 エトランジェのうららかな午後、ご来店なさった春田さまご夫妻は、ひとりの男の子をともなっていた。名前は祐也。中学二年生の男子で、俺の感覚だとおよそ宝石に興味のある年頃とは思えないのだが、物静かで思慮深そうな文系男子という雰囲気だった。 そしてご夫妻曰く、今日は祐也がエトランジェに行きたいって言ったのよね、とのことだった。 俺とリチャードは密かに視線を交わした。十四才の男の子が、両親に秘密で宝飾品をオーダーするとは思えない。何か話があってのことだろう。俺か。リチャードか。どっちだ。まあリチャードだろうが。 久しぶりに入荷した緑色のガーネットや、元気なオレンジ色のオレゴンサンストーンなどをお買い上げになった後、ご夫妻は気を利かせたのか「ちょっとそこの喫茶店でケーキを

Los amigos

September 24,2020

昔の人曰く、『年をとると本当の友達がわかってくる』という。 そんなのわかりたくもない、というのが下村晴良の実感だった。 それはつまりこういうことだろうと、彼は思っていた。若い時代には比較的多くの出会いがあるものの、歳月にもまれ、世間にもまれ、個々人の事情にもまれてもなお、互いに連絡を取り合える相手はごく少数である、と。 そんなのはただの一般論にすぎず、余計なお世話だと言い返したくもなるものだった。 日本を出て、スペインの片田舎に出てきて、連絡を取り合える『友達』など一握りである。 走っても走っても走り続けるようなレッスンに追われる日々は充実していたし、同じ学び舎で音楽に燃える学友たちの存在は熱かったが、少し気が抜けると、孤独感が襲ってくる。 まるで世界にひとりきりで、しゃかりきになっているような気がした。 「だからさ、エンリーケには本当に感謝してるんだよ」 『それはさておき、もう少し英語が

こだわりラーメン中田屋列伝 ―疾風怒濤プリン編―

May 14,2020

 俺は中田正義。どこにでもいる平凡なラーメン屋『なかたや』の店主だ。とある田舎町の某所に店を構えている。なかたやのラーメンはだしが決め手で、何と言ってもおすすめはしょうゆ。最近はとんこつも人気だ。右隣にはイングリッシュ・パブ『ジェフ&ハリー』、左隣にはスリランカ料理店『ランプの魔神』があるので、会社の昼休みの時間帯には混雑するが、顔ぶれの八割は常連さんだ。  常連さんたちは、いつも俺のラーメンをおいしいと言って食べてくれる。  それはとても嬉しい。  でも、できることなら、ひさしぶりに新しいお客さんに出会いたい。  ぬるまゆの中でたゆたう俺を、厳しく窘めてくれるような人でもいい。  わがままかもしれないが、そんな風に思っていた時。  まさにその時だった。  なかたやの赤い暖簾を、俺の見知らぬ人影がくぐってきたのは。 「いらっしゃい!」 「お邪魔いたします」  しゅっとしたシルエットの男性だ

ガーデンカフェにて

March 13,2020

「カモミールティーです。どうぞ」 そう言って、彼は私にお茶を差し出した。白いマグカップ。白いソーサー。タイル壁の上に木のお盆と、寸胴な円錐形のガラスのティーポット。周囲に広がる、緑の庭の風景。オレンジの果実。金色の日差し。 緑のエプロンをつけた甘い顔立ちのお兄さんは、癖のある黒い髪をオールバックのひっつめにしている。髪の結われた襟元で、黒い毛が少しはねていた。   何がどうしてこうなったのか、正直よく覚えていない。 ただ今日の私は、会社から帰宅するのが嫌だった。とても嫌だった。 帰宅したらそれで『今日』を終わりにしなければならない。 帰宅したら今日という日が定まってしまう。寝ざめが最悪で少し遅刻して、うまくやれない先輩にネチネチと小言を言われて、遠くから星を眺めるような気持ちで追いかけていた芸能人が結婚したというニュースが入ってきて、夕方に後輩から「連絡したと思ってたんですけど」

新時代

May 14,2019

 美しさにも種類があるという。  宝石の話に限れば、簡単なことだ。石の世界は切って分けられる。色で、硬度で、結晶の形で、産出地で、誰かの好みで分類できる。鉱物の分類の視線でわければ、エメラルドとアクアマリンが、ルビーとサファイアが仲間同士になったりする。  ではこれは? 今俺が目の前にしている、これはどうだろう。  どういう種類の美しさになるのだろう。 「これは……」 「『これは』?」 「なんだか……うまく言えないんですけど……あ、そうだ」  青の時代みたいだと。  俺が口にすると、彼はすぼめた唇に手を当てて笑った。いたずらが成功した子どもみたいな顔である。お行儀が悪いと、俺のバイト先の上司がいたら言うだろう。だか今日この部屋、俺が陣取っているどこかのホテルの上のほうにあるだだっ広い部屋には、俺の他にもう一人しかいない。  ソファの上に寝っ転がって、テーブルの上の液晶端末をフリックしていた

ハーキマーダイヤモンドの夢

December 23,2018

 四月八日。今日は特別な日だ。なんと、なんと、俺の大好きな谷本晶子さんの誕生日である。それほど親密ではない相手から贈り物をしてもあまり違和感のないスペシャルな日だ。去年の俺が彼女の誕生日を知った時には既に五月になっていた。時すでに遅し。しかし今年こそは何か渡したいと思って、かねてから準備していた今日この日である。具体的に言うと去年の冬ごろから準備していた。 「たっ、た、たた谷本さん! よかったら、これを、うけとって、ほしいんだどうぞこれ! 誕生日おめでとう!」 「わあぁ、正義くんありがとう」  小学生の調理実習のにんじんの如くブツ切りにされた俺の声は、あまり気にせず、谷本さんは中央図書館前のベンチで、俺の贈り物を受け取ってくれた。キャラメル箱のような小さな紙箱で、中には透明なニス紙で包まれた小さなものが入っている。中身を確認した彼女が、わっと小さく声をあげた。嬉しそうな声だ。もう俺の方が嬉

ムーンケーキの季節

August 24,2018

「中秋なのにこの眺め、新鮮ですね!」  あははは、と笑いながら、快活な女性のお客さまはエトランジェを後にした。広東語、つまり香港の言葉と日本語が一対一くらいの割合で入り混じる会話は、俺にはよくわからず、ほぼリチャードが一対一で接客にむかっていたが、時々俺の方を見てニコッと笑ってくださる、歯切れのよいお客さまだった。ハスキーボイスで、ワンレングスのアッシュブラウンの髪はつやつや、体はモデルさんのようにすらりと細長い。  彼女が見ていたのは、ムーンストーンのジュエリーだった。  ルース、つまりまだ身に着けられる形にはなっていない裸石を扱うことが比較的多いエトランジェには珍しく、リングやブローチ、ネックレスの形になった作品を、彼女は一つ一つ吟味して、最終的にブローチをお買い上げになっていった。あらかじめ彼女が、そういうものを見たいと、リチャードにオーダーしていたらしい。  青い燐光を放つ、ミルキ

宝石商リチャード氏webSS

May 14,2018

お祝いに寄す  特別な記念日のプレゼントとしてジュエリーを贈る方は、案外多い。  まだ数週間のアルバイト経験ではあるが、ジュエリーを渡しながらプロポーズという案件にも、既に一件、遭遇している。店主曰く、それほど珍しいことでもないらしい。店員が少なく、ひとめを気にする必要のない店の雰囲気も手伝っているのだろう。もしかしたらジュエリーを受け取って、店外でプロポーズという流れになったお客さまもいるのかもしれない。店員の俺が目にしているお祝いなんてほんの一部であるはずだ。プロポーズだけではなく、付き合い始めて五周年のお祝い、初デート記念、結婚十周年など、お祝いの理由はさまざまだった。  でも一番目立つのは、やはり誕生日だ。祝いやすい記念日という感じがする。  しかし。 「なあリチャード、かなりひねくれたことを言ってる気はするんだけどさ」 「ええ」 「……どうして誕生日って、お祝いをするんだろうな」