宝石商リチャード氏webSS

April 7,2017

web書き下ろし短編  宝石と、ケーキ。  どちらにしても俺の上司、無類の美貌を誇る宝石商リチャード・ラナシンハ・ドヴルピアン氏の好物である。もちろん彼は宝石を食べるわけではないしケーキをお客さまに商うわけでもないので、それぞれ愛で方は違っているが、どちらも同じく、彼の心の大事なところをしめている、ある意味『彼の一部』という感じの要素だ。それからもちろん、ロイヤルミルクティーも。  銀座七丁目の雑居ビル二階。リチャードの営む宝石店『エトランジェ』には、それなりの理由があって、宝石店にあるまじき立派な厨房がついている。ほぼお茶くみのアルバイトである俺の主な持ち場だ。  鍋の火を止めて、厨房から、ちらりと応接間の様子をうかがう。  次のお客様がお越しになるまでにはあと一時間ある。骨太のセールストークを繰り広げた店主は、ひとりソファで休憩中で、甘味大王モードになっている。本日のお茶請けは甘夏のた

宝石商リチャード氏SS再録2

February 14,2017

繋ぐクリソプレーズ 『ジュエリー・エトランジェ』銀座七丁目にひっそりと居を構えている。店主のリチャードは、この世のものとは思われない美貌の持ち主だが、どれほどの麗人でも、半年も土日に顔を合わせていればさすがに慣れてくる。慣れた分疑問も沸いてくる。 「なあリチャード、お前って甘いもの以外に好物はないのか? ラーメンとか食べないのか?」  麗しのリチャード・ラナシンハ・ドヴルピアン氏は、青い瞳を眇めて俺を見た。赤いソファに腰掛ける彼は、大振りの宝石箱の中身を、窓から差す午前の光にかざして眺めている。 「質問の意図をはかりかねます。何故『ラーメン』なのです。あなたとは何度か食事もご一緒しましたよ。好き嫌いなく食べます」 「それは分かってるよ。別にラーメンに限った話でもないけどさ、お前ってあんまり……そういうの食べないだろ?」  ニラとか。にんにくとか。肉汁滴る焼肉とか。  イメージに合わないこと

宝石商リチャード氏SS再録1

February 13,2017

クレオパトラの真珠  昨日は久しぶりに、テレビ局の夜勤バイトだった。宝石店『エトランジェ』での土日のアルバイトの邪魔にならない範囲で、まだ少しだけ続けている。夜勤室にある消音状態のテレビからは、バイト先の局のチャンネルしか流れない。俺が入った六時には、歴史系のクイズ番組が流れていた。  特に興味のあるジャンルではなかったのだけれど。 「あのさリチャード、真珠って本当に、酢に溶けるのか?」 「クレオパトラの逸話ですか」 「うお、さすが宝石商」 「一般常識です」  紀元前のエジプトの女王だったクレオパトラは、ローマの将軍アントニウスと『どっちが豪華な食べ物を準備できるか』バトルをしたという。アントニウスは正攻法で世界の珍味をずらりと並べて見せたが、女王は変則技を使った。耳飾りにしていた大粒の真珠を、カップに注いだ酢で溶かし、アントニウスの前で飲みほしたのだ。  あっけにとられるアントニウスに、