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December 24,2020

だからサンタはいないんだよと。 言えたら楽になったのだろうが。 それを言ってはいけないことくらい、小学生の俺にもわかっていた。 サンタはお父さんなんだよ、サンタは家族の人が演じているものなんだよと、帰りの会が終わった後で、わざわざ女の子に話しかけにいったお調子者の男子がいた。たぶんそいつには悪気はなくて、ただ自分が知ったばかりの「いいこと」をその子にも教えてあげたくて、あとは多分すこし、その子に自分を大人っぽく見せられたらいいとでも思っていたのだろうが、もくろみはあっけなく潰えたようだった。 女の子は泣き出してしまったのだ。 なんでそんなこと言うのと、泣きじゃくるその子に、だっていないんだよ、本当にいないんだよと、情報の信憑性を疑われた科学者のように、そいつは繰り返していた。そういう問題じゃないだろうと、子ども心に自分が思っていたのを覚えている。 ちなみに俺の家には、昔からサンタはいなかっ

ハーキマーダイヤモンドの夢

December 23,2018

 四月八日。今日は特別な日だ。なんと、なんと、俺の大好きな谷本晶子さんの誕生日である。それほど親密ではない相手から贈り物をしてもあまり違和感のないスペシャルな日だ。去年の俺が彼女の誕生日を知った時には既に五月になっていた。時すでに遅し。しかし今年こそは何か渡したいと思って、かねてから準備していた今日この日である。具体的に言うと去年の冬ごろから準備していた。 「たっ、た、たた谷本さん! よかったら、これを、うけとって、ほしいんだどうぞこれ! 誕生日おめでとう!」 「わあぁ、正義くんありがとう」  小学生の調理実習のにんじんの如くブツ切りにされた俺の声は、あまり気にせず、谷本さんは中央図書館前のベンチで、俺の贈り物を受け取ってくれた。キャラメル箱のような小さな紙箱で、中には透明なニス紙で包まれた小さなものが入っている。中身を確認した彼女が、わっと小さく声をあげた。嬉しそうな声だ。もう俺の方が嬉

宝石商リチャード氏SS再録4

October 20,2017

※本作は、「宝石商リチャード氏の謎鑑定 天使のアクアマリン」特典SSです。「天使のアクアマリン」本編の内容に微妙にかかわる内容ですが、あくまで微妙なかかわりです。閲覧の際はご了承ください。 空漠のセレスタイト    これを持って行かないか、と。  美貌の宝石商は、石を手に問いかけてきた。携えているのは、まるきりじゃがいものような石だ。かさかさしていて、まるで飾り気がない。子どもの握りこぶしくらいはある。 「取引先がおまけにつけてくれました。ほとんど押し付けられてしまったのですが」  そんなことを言われても。これを持っていってどうするんだと俺が尋ねると、たとえば贈り物にするとか、とリチャードは言った。谷本さんのことを考えているのだろう。確かに鉱物岩石を愛する彼女なら、こういう素朴な石も好きだとは思うが。 「いや……この前買ったアクアマリンも、まだ保留になってるわけだし」  俺の方にも、個人的

宝石商リチャード氏SS再録3

July 8,2017

エトランジェの日常 ―クンツ博士とモルガン―  銀座の宝石店エトランジェの土曜日は長い。とりわけ今日は長かった。十一時の開店から三時まで、ひきもきらずお客さまがご来店になられて、俺もリチャードも昼を食べ損ねてしまった。三時半になってやっと、コンビニのおにぎりなんか食べている始末である。四時になったらまたお客さまがご来店の予定だ。まだまだ先は長い。  赤いソファに腰掛け、野菜たっぷりのおしゃれなサンドイッチを平らげたばかり男に、なあ、と俺は声をかけた。 「どうして石って、みんな最後に『ナイト』がつくんだ?」  俺の質問の意味を、イギリス人のリチャード氏は、少し考えていたようだった。端麗な沈思黙考の顔になり、口の中をロイヤルミルクティーですっきりさせた後、ああ、と彼は頷いた。 「あなたが言っているのは、アレキサンドライトやアラゴナイト、クンツァイトなどの、名称の話ですか」 「そうそう! それだ

宝石商リチャード氏SS再録2

February 14,2017

繋ぐクリソプレーズ 『ジュエリー・エトランジェ』銀座七丁目にひっそりと居を構えている。店主のリチャードは、この世のものとは思われない美貌の持ち主だが、どれほどの麗人でも、半年も土日に顔を合わせていればさすがに慣れてくる。慣れた分疑問も沸いてくる。 「なあリチャード、お前って甘いもの以外に好物はないのか? ラーメンとか食べないのか?」  麗しのリチャード・ラナシンハ・ドヴルピアン氏は、青い瞳を眇めて俺を見た。赤いソファに腰掛ける彼は、大振りの宝石箱の中身を、窓から差す午前の光にかざして眺めている。 「質問の意図をはかりかねます。何故『ラーメン』なのです。あなたとは何度か食事もご一緒しましたよ。好き嫌いなく食べます」 「それは分かってるよ。別にラーメンに限った話でもないけどさ、お前ってあんまり……そういうの食べないだろ?」  ニラとか。にんにくとか。肉汁滴る焼肉とか。  イメージに合わないこと

宝石商リチャード氏SS再録1

February 13,2017

クレオパトラの真珠  昨日は久しぶりに、テレビ局の夜勤バイトだった。宝石店『エトランジェ』での土日のアルバイトの邪魔にならない範囲で、まだ少しだけ続けている。夜勤室にある消音状態のテレビからは、バイト先の局のチャンネルしか流れない。俺が入った六時には、歴史系のクイズ番組が流れていた。  特に興味のあるジャンルではなかったのだけれど。 「あのさリチャード、真珠って本当に、酢に溶けるのか?」 「クレオパトラの逸話ですか」 「うお、さすが宝石商」 「一般常識です」  紀元前のエジプトの女王だったクレオパトラは、ローマの将軍アントニウスと『どっちが豪華な食べ物を準備できるか』バトルをしたという。アントニウスは正攻法で世界の珍味をずらりと並べて見せたが、女王は変則技を使った。耳飾りにしていた大粒の真珠を、カップに注いだ酢で溶かし、アントニウスの前で飲みほしたのだ。  あっけにとられるアントニウスに、