祭りのあと

September 24,2022

「いいこと教えてやろうか。お前、雑用全部押し付けられてるぞ」 「そんなことはないよ、ワン。諸先輩は私のためを思ってこういったことを」 「押し付けられてんだよ。あいつらは今頃ネオンカラーのピンクのビールで乾杯してるぜ。賭けてもいい」 「ピンクのビールは飲んだことがないな……私の知っているビールというのは、どれも静脈血のような青黒い色をしていて」 「喩え方! 人間らしく適切な喩え方をしろ! 普通の人間は飲み物を血液には喩えねーの! OK? グロいだろ」 「オーケー……すまなかった。無粋なことをした……」 「わかりゃいいけどさ。ったく、ガラクタばっかりだぜ」 「まだまだ使えるものも多いよ」 海上都市キヴィタス自治州高層階。 天にも届く高さの機械仕掛けの街の片隅で、ひとりの人間とひとりのアンドロイドが作業にいそしんでいた。どちらも背中に巨大な金属の籠を背負い、筋力を十倍に増強するロボットアームを装

カルチョ・ストーリコ

September 24,2022

「いけ! そこだ! 殴れ! 殴りのめせーっ!」 「ガビー、それはサッカーの応援の言葉じゃないよ……」 「いいんだよ! これはサッカーじゃなくカルチョで、しかも『カルチョ・ストーリコ』だから! いけ! ぶん殴れ!」 「あー……痛そうに、あー、あー……」 常ならば観光客や路上駐車でごったがえす、フィレンツェ歴史地区、サンタクローチェ教会前。 その日だけは、四角く区切られ、土が敷き詰められ、四方を客席で埋められていた。 十メートルかける十メートルほどのスペースの中では、赤と白のユニフォームのチームが、ボールを奪って戦っている。スペースの端と端にゴールとされるゾーンがあり、そこまでボールを運んで行けば点数獲得である。 端的に言えばカルチョ――サッカーの試合だった。 だが、反則は、ほぼ、ない。 ボールを奪うために、敵対チームの相手を殴ってもいい。蹴ってもいい。 もっとも原始的な形と呼ばれるカルチョ、

祭りの日 a

September 24,2022

飾り立てられた象が大通りをゆく。 ペラ・ヘラ。 俺が住むスリランカ、キャンディの名物ともいえる、仏教の祭典である。毎年夏。占星術的に縁起のよい日を選んで催行される、おしゃかさまの歯という、西洋風に言うなら聖遺物をまつるイベントだ。 美し容れ物に入った歯を、きらきらに飾り立てた象の背に載せて、街の中を練り歩く。 一年で一番、この山の街が賑やかになる日だ。 「いつからかなあ。俺、これ毎年観られるものだと思ってたよ」 「そうでしょうか。海外出張も多かったのでは?」 「まあ、それはそうだけど」 家、というかスリランカの社宅のまわりでペラ・ヘラが催行されているんだなあと思うと、その時イタリアにいようがシンガポールにいようが、俺の気持ちが象の歩く街にとんでいったものだった。お隣のヤーパーさんに電話をして、ジローとサブローの様子を尋ねたりすることもよくあったし。いわば魂が分裂しているようなものだ。キャン

いつかオペラ座で

May 14,2022

子どもの時、ロンドンの劇場、ロイヤルオペラハウスにあるカフェテリアの上の飾り物が食べたかった。つやつやしたマスカットや、穴のあいた三角形のチーズ、麦わらのカバーにつつまれた胴体の丸いワインの瓶。絵本の中に出てくるごちそうそのままだったから。飾り物ではなく、本当に、食べるために置いてあるのだと思っていた。そしてそれは全部大人の――VIPと呼ばれるような人向けで、だから私には食べさせてもらえないんだと信じていた。そして私は真実、それがいつか食べられる日を夢見ていた。 本当に『大人』になって知ったのは、あれは全部飾り物で、本当に食べるためのものじゃないんだということだった。同時に私は、大人になるということの意味を知った。 夢を見られるのは子どもの間だけで。 夢に大した意味なんてないとわかるのが、大人なのだ。 窮屈なドレスに身を包んで、私はロイヤルオペラハウスのエレベーターに乗った。コヴェントガー

Joy to the …

December 24,2021

信仰に根差したものであれ、そうでないものであれ、『クリスマス』という文化が根差した地域において、十二月二十四日の夜は特別なものだ。俺の上司はそう言った。俺もそれはわかる。 ここ日本では大切な人たちと過ごす日だ。これもわかる。 わからないのはその先だ。 「ですから今日くらいは、あなたもご家族と共にお過ごしになっては?」 「……リチャード、俺なんか、悪いことしたかな」 「何故そのようなことを? 私は一般論として」 「せっかくクリスマス・イブなのに」 「あなたにもそれなりの」 「料理の下準備もかなり頑張った」 「上司としての福利厚生を」 「プレゼントもばっちり隠してあるし」 「隠していることを暴露してどうするのです。ご家族に顔を見せて差し上げては」 「今日のプリンの出来栄えは殿堂入りものだぞ」 「………………」 口をもにゃもにゃさせながらも、リチャードはプリンの話に食いついてこなかった。かなり、

Los Amigos 2

November 9,2021

『先日、日本へ、いきまシタ』 「ええっ」   エンリーケ・ワビサビこと、日本語の生徒にしてセッション相手の一言に、下村晴良は驚いた。二人の回線は無料動画通話アプリでつながっている。晴良の所在地はスペインで、エンリーケはイギリスだった。   「なんで日本に」 『所用、いえ、社用、ウム、ナニカ、そのようなモノです』 「所用か社用……」   でも一瞬の滞在だった、とエンリーケは苦笑いし、ひゅっと手を飛行機のように動かしておどけた。お手軽な日本語教室を始めた時に比べると、語学の上達はもとより、彼の表情が随分明るくなっていることに、晴良は気づいていた。   「一瞬でも初めての日本だったんだろ。どうだった?」 『…モウチョット滞在したかったデスネ』 「そりゃあそうだ! あー、日本か。俺も懐かしいよ。コンビニに入ったら何でもある空間って、こっちで考えると夢みたいだ

僕たちの幕が上がる

November 6,2021

2021年11月5日 ポプラ文庫ピュアフル(ポプラ社)から 辻村七子の本が発売されました。   「僕たちの幕が上がる」 すばらしい挿画は、TCB先生です。 演劇にかける、ふたりの青年と、彼らを取り巻く舞台の人々の物語です。   デビューさせてもらった、集英社オレンジ文庫以外の場所でご本を出させていただくのはこれが初めてになります。 辻村にお声がけをくださった編集さん、「今年は無理です…(2019~2020年ごろの話)」と一度はお伝えしたものの、2021年になってもチャンスをくださったことに感謝します。   上の一行あらすじより、もう少し細かくこの物語の解説をすると、 このお話は、二藤勝(にふじ まさる)くんというアクション俳優と、鏡谷(かがみや)カイトくんという脚本演出家の二人に焦点をあてつつ、あるお芝居をつくりあげる過程を描いたもので、いわゆる『バックステー

Mother・a

September 24,2021

『ハッピーバースデー・トゥー・ユー』   『ハッピー・バースデー・トゥー・ユー』   『ハッピー・バースデー・ディア・リチャード』   『ハッピー・バースデー・トゥー・ユー』   『おめでとう! 私の可愛いリチャード!』   電話口で、カトリーヌさんが歌っていた。 俺の上司は、頭が痛そうな顔でその電話を受けている。 カトリーヌさんというのは、世界のどこかで元気に暮らしているリチャードのお母さんのことである。俺と会った時、彼女は南フランスのヴィラで歓待してくれた。その後は確かオランダに移り住み、そのあとはイタリアに行って、今はどこにいるのか知らない。クロアチアだっただろうか。 その彼女が、一人息子のリチャードの電話をかけてきた。 世界共通、ハッピーバースデーのうたを歌うために。   『喜んでもらえたかしら?』   『愛して

キヴィタスの話-Fashion

September 24,2021

「知ってるか、こういうのを昔の世界では『ゴミ屋敷』って言ったんだぜ」 「ゴミ屋敷…………いや、この屋敷の構築物は従来の建造物と同じ、リサイクル素材でできたアスファルトとセラミックで」 「あーあーそういうことじゃねーよでももうそれでいいよ」 海にそびえる白亜の塔、キヴィタス自治州。 富裕層しか暮らすことのできないその最上階近くで、一人の人間と、一体のアンドロイドが立ち尽くしていた。 目の前に広がる屋敷は、たまねぎのようにたわんだ屋根を幾つも擁する、おとぎ話の宮殿のような建造物だったが、その周辺。 全てを。 半透明のポリ袋が埋め尽くしていた。 廃棄物である。 中身は全て、布類であった。 服である。 「過去のこの屋敷の持ち主、アンドリューズ・ワイエムは著名なデザイナーだったそうだ。天候管理部門にも物言いが可能な権力者で、この屋敷のまわりには雨を降らせないようにという言いつけも厳守させたという。逝

あの日の夜

September 24,2021

※この小説は、集英社オレンジ文庫から発売されている『忘れじのK 半吸血鬼は闇を食む』のネタバレを含みます。まだ読んでいない方は、可能であれば読了後の閲覧をおすすめいたします※   ・   ・     「ガビー、甘いものが好きなの?」 「どうして」 「だって……」 こういうものを作ってくれたわけだし、と。 テーブルの上を促すかっぱに、ガブリエーレは苦笑いした。 九月に誕生日を迎えた、幸薄いダンピールに、ガブリエーレはスーパーで購入できるありあわせの材料で、コーヒーとマスカルポーネのクリームの重ねもの――ティラミスを作成したところだった。 言いよどんでから、ガブリエーレは答えた。 「甘いものは、そうだな、食べるのが好きだ。ブドウ糖はテスト勉強の相棒だからな。だが作るのは……そうだな…………これが初めて、だな」 「すごく上手だよ。身近に料理が上手な人がいた