「……よしわかった。今回のエチュードの内容は、【きびしい学校の先生と生徒と保護者】だ」
「おお! 今までありそうでなかった学園もの!」
「登場人物は、学校の教師、生徒、保護者の三名ですね。正義、あなたはどの配役がお望みですか」
「俺は……そうだなあ、生徒しか経験したことがないから、無難に生徒にしてもらおうかな」
「了解です。じゃあリチャードさんが次に選んでください。俺は最後に残ったのをもらいます」
「では、保護者で」
「じゃ、俺がきびしい先生ですね。よーし、厳しくいきますよ!」
「勝は準備万端だな。ではいこう。最後のエチュードだ。ようい!」
・・・
「おい佐藤! どういうことだ、この成績は! お父さんもがっかりしてるぞ!」
「失礼先生。わたくしは彼の『お父さん』ではありません。それほど年の離れていない後見人ですが、保護者であることには変わりありませんので」
「おっと、そうだったんですね。なあ佐藤、後見人の人まで来てもらった三者面談で、だんまりはよくないぞ。お前はやればできるやつなのに、最近成績が落ちっぱなしじゃないか。何かあったのか。うん? 先生にちゃんと話せ。学校ってのはそういうところだからな」
「失礼ですが、それは日本でも限られた学校の中の話ではないかと。差し出がましいことを申し上げますが、さまざまな環境が存在する以上、生徒によってもさまざまな事情があります。話せないことは話せないこととして受け止めるのも、一つの教師のありかたでは?」
「お、おお、佐藤、お前の後見人さん、けっこう話がうまいな……」
「うるせえなあ」
「えっ」
「は?」
「うるせえなあ! 俺は学校なんてやめたいんだよ! 後見人の、ええと、ええと、バークレーさんには申し訳ないけど、俺は学校をやめたい!」
「やめたいって、佐藤、そんなこと言うなよ」
「どうしたというのです佐藤、いえ、ええ……佐藤…………?」
「平治」
「平治、どうしたというのです」
「俺、芸能界デビューしたいんだよね」
「えっ」
「ほう」
「やっぱり時代はアイドルを求めてるっていうか? 俺も歌と踊りにはけっこう自信があるし? いけるんじゃないかなって」
「佐藤! だったらどうして普通科に入学した! うちはアイドル養成学校じゃないぞ!」
「夢なんて突然ふってくるもんだろ、先生にはそんなこともわかんないのかよ!」
「わかりました。では平治、この学校は中退しましょう」
「えっ」
「おお……」
「ですが、おわかりですね」
「……おわかりって、何が……? バークレーさん……」
「本気で目指すのです。本気で、芸能界を、目指すのですよ」
「そ、それは、当たり前のことじゃないか……?」
「あなたの姿を見ていると、とてもその覚悟があるようには見えません。あなたは芸能界という場所の、きらびやかな側面しか目に入れていない。そうでなければそのような笑顔で『芸能界デビューしたい』と言うとは思われません。あなたは厳しい世界に自ら望んで身を置こうとしている。人気がなければつまはじきにされ、見も知らぬ相手に好き放題に批評され、時に何の理由もなくバッシングにさらされることすらある。あなたにはその覚悟がおありですか」
「………………あ、ある」
「よく言いました。では私は中退の手続きをすすめますので、その間にあなたは、私に今後二十年のキャリアプランを書いて提出するように。一年につき一枚、私が与える所定の書式を埋めるように。夏休みの勉強計画書のようなものとでもお思いなさい」
「きゃ、きゃりあぷらん?」
「当然です。具体的な目標を描いても到達できるとは限らないのが夢であるというのに、プランすらない状態で前進できるとお思いですか? あなたはアイドルに、あるいは芸能人になるのですよ。いえ、もう『なった』ものとして考えましょう。問題はそのあとです。なることが目的になってしまってはいけません。人間は夢をかなえた後にも生き続けますし、その後の人生の方が往々にして長いものです。平治、私はあなたに幸せになってもらいたい。夢を叶えつつ、幸せになってほしいのです。それは金銭的成功とも職業的成功とも、完全には一致しないことです。どのような道をゆくのであれ、あなたが幸せであってほしい。そのための道のりを盤石にするためなら、私、バークレーは、保護者として手間暇を惜しむつもりは毛頭ありません」
「わ、わかったよバークレーさん! 俺、キャリアプランニングの本とか読んで、二十年後までの計画をたてるよ! それで芸能界にデビューするんだ! 先生、応援してくれますよね…………先生、どうしたんですか?」
「……先生、ご気分でも悪いのですか」
・・・
「……すみません。俺、ちょっと……いろいろ思い出して」
「勝。どうした」
「勝手に涙が出てきちゃってさ。俺も……俺もバークレーさんみたいな人に会いたかったなあって。すみません。俺、高校生の時から芸能人目指してて、このエチュードの『佐藤くん』の気持ち、わかるんですよ」
「気持ちって?」
「『芸能界目指してる』って言うと、大体笑われるんですよね。受け狙いで言ってると思われることもあるし、ありえない夢だと思われて笑われることもあるし。でも、そういう言葉を聞いてるだけじゃ、前には進めないんですよ。本当にそうなった時の自分のことと、そうなった後の自分のことを考えないと、本当に何もできない。でも俺が、そういうことがわかったのは、もう高校二年生の二学期とか、そのくらいになってからで……」
「二藤さまは大変だったのですね」
「いやあそんな。夢を追わせてもらえるだけありがたかったですしね。それに、学校でもずーっと同じことを言い続けてると、だんだんみんな真に受けてくれて『そうか、二藤は芸能人になるんだな』って思ってもらえるようになるんです。そうなるまでは苦しかったけど……本当にそういう変化があるものなんですよ。自分のことは自分で面倒みてやるしかないんです。ダメだった時も、自分で責任をとることになりますけど、とにかくチャレンジしないことには始まらないから……それで……あはは。思い出しちゃいました。高校の頃、楽しかったけど、必死だったなって。カイト、ごめん。高校の頃、俺、見かけよりいっぱいいっぱいだったんだな」
「わかっている。君はいつでも全力だった。僕は君のそういうところに励まされていたんだよ。気に病むことなど何もない」
「……とまあ、そういうことで。あー、悔しいな。階段が出現してくれない! 俺のせいでまさかのエチュード失敗ってことですよね。申し訳ありません、中田さん、リチャードさん」
「階段? ここは最上階ですよ。そこにベランダがあるでしょう。そこから階段が伸びてて、屋上に行けるんです」
「え?」
「そうだったんですか」
「ええ。お二人は屋上に何か用が?」
「用っていうか、最上階までこの塔のタスクをクリアしないと、俺たちここから出られないんです」
「ああ! 今年はそういう感じだったんですね。ならもう、問題はなさそうですよ。全階層クリア、おめでとうございます!」
「ありがとうございます、でも、いいんでしょうか……?」
「もちろんです。お二人にはよい年を迎えていただきたいですし」
「……ありがとうございます、お二人とも」
「いえいえ。じゃあ、俺たちはこのあたりで引っ込みます。リチャード、おせち料理最後の仕上げをするからさ、帰ったらちょっと手伝ってくれよ」
「……………………爆発させろと?」
「そんなことは言ってないだろ! 大丈夫だよ。あとはつめるだけだから」
「でしたら、まあ…………」
to be continued…