「いいこと教えてやろうか。お前、雑用全部押し付けられてるぞ」
「そんなことはないよ、ワン。諸先輩は私のためを思ってこういったことを」
「押し付けられてんだよ。あいつらは今頃ネオンカラーのピンクのビールで乾杯してるぜ。賭けてもいい」
「ピンクのビールは飲んだことがないな……私の知っているビールというのは、どれも静脈血のような青黒い色をしていて」
「喩え方! 人間らしく適切な喩え方をしろ! 普通の人間は飲み物を血液には喩えねーの! OK? グロいだろ」
「オーケー……すまなかった。無粋なことをした……」
「わかりゃいいけどさ。ったく、ガラクタばっかりだぜ」
「まだまだ使えるものも多いよ」
海上都市キヴィタス自治州高層階。
天にも届く高さの機械仕掛けの街の片隅で、ひとりの人間とひとりのアンドロイドが作業にいそしんでいた。どちらも背中に巨大な金属の籠を背負い、筋力を十倍に増強するロボットアームを装着し、あたり一面に散らばった金属片の中から、再利用可能なものをよりわけ、持ち上げ、背中の籠に放り込んでゆく。
場所は地底洞窟のような、廃棄孔の底、直径五十メートルほどの、体育館のような場所だった。
散らばっているのは、ばらばらになったアンドロイドたちのボディパーツだった。
いずれも上階では用済みになり、廃棄されたものたちである。
「おー、こいつはいいな。バリレーナの衣装を着たまんま捨てられてるぜ。ダンサーアンドロイドだったのかな」
「曲芸をするために調律されたアンドロイドたちのボディは、総じて耐用年数が短い。短時間で何度も芸を見せるために、メンテナンスも最小限にされることが多いからね。まだ使えそうかい」
「おう。足以外のパーツはばっちりだ」
「回収しよう」
「了解。こっちは何だ……? レスラーか! おお、お前もがんばったなあ」
「使えるところは使わせてもらおう。ワン、識別できるか」
「あたぼうよ。最近は俺も門前の小僧みたくなってきたんだぜ。経くらい読んでやる」
「もんぜんの……? 何……? 経とは…………?」
「何でもねえよ。お前もちょっとくらいは専門領域以外の本を読め」
二人はそれからも回収を続けた。
一時間同じことを続け、一本飲むだけで八時間の労働を可能にするという総合栄養ゼリードリンクを補給し、もう一時間同じことを繰り返すと、青白い光に照らされた空間は、二人が初めて足を踏み入れた時より何倍か、がらんとしていた。使える部品を根こそぎ取り除かれたアンドロイドたちの残骸は、もはや人型ではなく、ただの機械部品にまで分解されていた。
任務完了である。
「…………」
その場を立ち去る前に、アンドロイドのワンは背後を振り返り、手を合わせた。アンドロイド管理局につとめる工学博士兼借金中で首の回らない下っ端職員のエルは、首を傾げた。
「何をしているんだい」
「門前の小僧だからな。経くらいは読んでやらないといけないだろ。あーこれは、ブッディズムっていうむかしむかしの宗教の存在を前提とした慣用句で」
「キヴィタス内では宗教行為は禁止されている」
「真似だよ、真似。そもそもアンドロイドが宗教を信じると思うか? 生命工学の規範に従えば、俺たちは『生きて』すらいないんだぜ?」
「…………それとこれとは、関係があるようでないことだと思う」
「そうかい。まあ何にしろ祈らせてはもらうよ」
ワンは不思議な言葉を唱えた。
『なむ』から始まり『だぶつ』で終わる言葉を、何度も繰り返す。ただそれだけの言葉だった。何度も、何度も。
エルは目を閉じて、自分の所有物たるアンドロイドの言葉に耳を傾けていた。
「よし、もういいだろう。それじゃあなみんな。お前らの分まで俺は元気に活動してやるよ。おさらばさんさん! とな!」
がらんどうの空間の中に、ワンの軽やかな声が響き渡った。返事をするものはもちろん、ない。
エコーすらなくなってしまった頃に、今度はエルが口を開いた。
「君たちのボディパーツは、今後キヴィタスで生み出されるアンドロイドたちの一部として活用されるか、管理局に運ばれてくるアンドロイドたちの、緊急手術時に使われる代替パーツになるだろう。どうか安らかに」
「安らかに、って言葉も、相当宗教的なワードだと思うけどな、俺は」
「かもしれない。であれば君と二人で、私は罰を受けなければいけないかもしれないね」
「黙っとけよ。俺も黙っとくから」
「では、そうしよう」
廃棄場を抜け、無人のトラックに回収した部品を受け渡した後、二人は地上階へと戻るエレベーターに乗り込んだ。もとから人間を運搬することは想定されていないリフトであったらしく、二人は振り子状に揺れる金属の箱の中で、身を寄せ合って立っていた。往路と同じ速度で動いているとすると、五分間ほどの道のりである。
「……ワン」
「んー?」
「彼らの姿を見るのは、苦痛ではなかったかい。すまないことをしてしまったね」
「同胞のボディパーツがごろごろしてるからって? 冗談きついぜ。俺の持ち主はアンドロイド工学者だ。ボディパーツも壊れかけの残骸も、家中にゴロゴロしてるよ。それどころかちょっと愉しかったくらいだぜ」
「……なぜ?」
「あそこにいた連中みんな、『ああ、いい仕事したなあ』って顔して壊れてたからな」
エルはしばらく黙り込んだ後、首を傾げた。
「……頭部のないアンドロイドも多かったと思うが」
「そういうのは別勘定だよ! いや、でも顔の有無だけが問題じゃねーな。俺たちのボディってのはある意味消耗品だろ。それがいい塩梅に『消耗』されてるのを見るのは、気分がいい。俺たちは道具だからな。きちんと使ってもらえたことはいいことだ。悔いはないだろ」
「……そういうものだろうか」
「そう願ってるし、祈ってる」
「……宗教的だな」
「気の持ちようってやつだよ」
「かもしれない」
ゴゴン、ゴゴン、という音を立てながら、小さな箱は動き続けた。
道のりの半分は来ただろうかという頃合いに、口を開いたのはエルだった。
「私もいつか、そんな風になれるだろうか」
「あ?」
「『いい仕事をした』と思いながら、壊れることができるだろうか」
「……何でそう思う」
「そういう風に生きることができたら、私は仲間たちにも自分の存在を誇ることができるように思うから」
エルはそれきり黙った。ワンも応えなかった。
エルのいう仲間たちという言葉のさすものを、ワンは既に知っていた。それがどれほど過酷な選抜の結果であるのかもわかっていた。エルが今はなき仲間たちを、どれほど大切に思っているのかも。
全身が密着した箱の中で、ワンは改めて、エルの背中に腕を回し、さすり、ぽんぽんと撫でた。
「楽しく生きろよ、頭でっかち先生。生き急ぐな」
「いきいそ?」
「あんまり先行きのことを考えすぎなさんなってこと! そうすると俺も、ながーくメンテナンスしてもらえて、長く使ってもらえそうだからよ」
「君は私に長く使ってほしいのか」
「少なくとも長くご厄介になりたいとは思ってるぜ。お前んちは居心地がいいからな。ベッシーもいるし」
「…………そうか」
うん、うんと、ひとり何かを納得したように、エルは頷いた。そういう時に話しかけても何の反応も戻ってこないことを知っているアンドロイドも、特に何も話しかけなかった。
ややあってから、別の世界から戻ってきたように、エルは微笑んだ。
「ありがとう、ワン」
「別に。礼を言われるようなことはしてない」
「君はいつも私に、誰かに優しくする方法を教えてくれる。私の優しさの先生のようだ」
「お前んとこの過酷なキャンプでも、お友達に優しくする方法をちゃんと教えてくれたらよかったのにな。まあお前はもう、その手のことは十分知ってると思うけど」
「そうであったらいいのにとは思うよ。ところでワン、往路から思っていたのだが、このエレベーターはまるで棺桶のようだね。私と君の合同葬儀だ」
「そういうことをエレベーターに乗ってる最中に言うんじゃねえよ! 静脈血のビールと同じくらい縁起でもねーわ!」
「そ、そうなのか。すまない」
「ったく」
チーン、という音がして、狭い箱は停止した。やっとついた、と呟きながら、エルは箱の扉が開くのを待った。ワンもその隣でまばたきをしていた。
そして呟いた。
「……まあ、お前となら別に、いいけどな」
「は?」
「なんでもねーよ。ほら出た、出た」
ゆっくりと開いたエレベーターの扉から、眠らない大都市キヴィタスの輝きが差し込み、労働明けでくたびれた二人を体を、そっと包み込んだ。