※おことわり※
以下のSSは、辻村七子の誕生日を自分で祝うための「面白いことがしたいな!」という気分に基づくSSです。続き物です。(1)からお読みください。またとてもふざけています。何を読んでも笑って流していただければ幸いです。また本作のパロディもとになっている何らかのゲーム作品と辻村とは、一切合切なんの関係もございません。ご承知おきください。
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りちゃぽんはせいぎくんの手をとり、再び雲の中にとびこみました。
きっとこんな風に飛ぶのは最後だとわかっているのか、りちゃぽんは小さな手でせいぎくんの手をぎゅっとにぎっていました。
そして。
「ぽにおー!」
『つきましたよ』とりちゃぽんは言いました。
途端に視界が開けます。
せいぎくんは息をのみました。
眼下に見えてきたのは、大きな夜の公園でした。
そこらじゅうに広がる屋台と、真ん中には太鼓のおかれた台座。はりめぐらされた赤い提灯と金色の電飾。浴衣を着た人たちは、みんなお面をつけて、ラジカセから聞こえてくる音楽に合わせて踊っています。しかし背丈はみんな、りちゃぽんと同じように、せいぎくんの膝丈くらいしかありませんでした。
「ぽにおー!」
仮面舞踏会へようこそ。りちゃぽんはそう言いました。
正義くんはこう言わないようにするのに必死でした。
いや!! これ!! 盆踊り大会だろ!!
人間の基準ではそうなのかもしれませんが、しかしりちゃぽんたちのような、ちょっと人間とは違う存在の世界では、これも『仮面舞踏会』なのかもしれません。せいぎくんは違いをそんちょうできる気概のある子でした。
公園の入り口に立ったりちゃぽんは、楽しそうにせいぎくんを振り返ります。
「ぽに!」
りちゃぽんが差し出しているのはカラフルな仮面でした。
どれでも好きなのをお使いください。りちゃぽんはそう言っているのでした。
青い仮面。赤い仮面。水色の仮面。
しかしせいぎくんはえらぶのが怖くなりました。どれもりちゃぽんの悲しい記憶の中でひろいあげたものばかりだったからです。この仮面をつけたらどうなるのか、せいぎくんはあまり考えたくありませんでした。
すると、りちゃぽんは何かに気づいたように微笑み、さっと仮面をしまうと、大事にしまっていた仮面を差し出しました。
それは黄色と茶色の、どこかあまいにおいのする仮面でした。
「だめだよ! これはりちゃぽんが持っていた方がいいよ! 俺は持っててほしいんだ。何でかわからないけど、これを手放さないでほしいんだよ」
「ぽに?」
「りちゃぽんがこれをかぶってくれ。俺は他のにするから。どれでもいいよ。選んでくれ」
「……ぽに……」
りちゃぽんは寂しそうな顔をしましたが、きりっとした顔で首を横に振ります。
「ぽにー!」
『あなたはずっと仮面探しに付き合ってくれた。一番いいものをさしあげなければ、私という存在の名折れ。さあ、お取りください』
「嫌だったら嫌だ!」
せいぎくんは両手を拳にし、さけぶように言いました。
すると。
りちゃぽんと同じくらいの背丈の存在が、遠くから声をかけてきました。
「ぽにゃーっ!」
「ふがふが! ふがうー!」
りちゃぽんよりも少し、低い声の持ち主ふたりは、仮面をはずしてりちゃぽんを呼んでいました。
せいぎくんにはその声がこんな風に聞こえました。
『何してるの、りちゃぽん! みんなこっちで踊ってるよ!』
『りちゃぽんの仮面は、みんなこっちであずかってるんだよ』
「ぽに……?」
ぽかんとするりちゃぽんの前に、二人はとてとてとやってきて、お店やさんのように仮面を並べました。
ピンク色の仮面。黄緑色の仮面。星空のような黄色いつぶのちりばめられた藍色の仮面。
どれもみんなきれいで、笑っている仮面でした。
「ふが!」
『君も好きなのを選びなよ』と、ちょっとりちゃぽんと似た顔立ちをしているひとが言いました。いいんですかとせいぎくんがわらうと、ウインクが返ってきました。
「ぽにゃ!」
りちゃぽんは嬉しそうに笑い、せいぎくんを振り返りました。どのお面もりちゃぽんに似合いそうな、たのしげなお面ばかりです。
ですがりちゃぽんが選んだのは、せいぎくんと一緒にみつけた、黄色と茶色のお面でした。
「……うん、やっぱりそれが似合ってるよ」
「ぽいにお!」
りちゃぽんは嬉しそうに笑い、お面を顔にかぶりました。
せいぎくんはオレンジとピンクのまじりあったような、あざやかな蓮の花のような色のお面を借りることにしました。さあ、これで準備は万端です。
二人は太鼓の音にさそわれるように、『仮面舞踏会』の輪の中に入っていったのでした。
そして……
「…………せいぎ、正義。大丈夫?」
せいぎくんはハッとしました。頭の下にたたみの感触があります。
アパートの中でした。上に見えるのは母のひろみの顔です。
家で眠っていたのでした。
せいぎくんは目をこすりながら起きました。
「りちゃぽんは……?」
「あんた、ゲームのやりすぎよ。しゃきっとしなさい。サンドイッチ作っておいたから」
これから夜勤だから、といいながら、ひろみはテキパキと身支度を整えてゆきます。
ああそうか、全部夢だったんだな、と。
せいぎくんはどこかものさびしい気持ちで目覚めました。何だか小さな弟分のような子がやってきて、ふたりであちこち旅をして、最後にはお祭りの中をねりあるいていっぱい出店で遊んだような、そんな夢のきおくがおぼろげにのこっていましたが、夢は夢でした。
「……さびしいな」
「ええ?」
「何でもないよ。いってらっしゃい」
「いってきまーす!」
そう言ってひろみは出て行きました。ひろみは看護師です。夜通し仕事をすることもある、大変な職業で、それでせいぎくんをやしなっているのでした。
どうせ明日も朝まで帰ってこなくて、学校に行く時にはひとりなんだろうな。そんなことを考えていると。
せいぎくんは自分のズボンのポケットに、何かが入っていることに気づきました。
「……?」
それはキーホルダー、のようなものでした。
ピンクとオレンジのまじりあった色の仮面。
ガチャガチャにはいっていそうな、小さなおもちゃのような仮面でした。
「……りちゃぽん?」
ぽにおー、という声は聞こえません。
ですがせいぎくんは、心がぽっと温かくなったような気がしました。まるで電気をつけたお祭りの提灯が、いっせいにオレンジ色のひかるように。
「りちゃぽんもさびしそうだったけど、がんばってたもんな。俺はもっとお兄ちゃんだから、がんばらなくちゃ」
なありちゃぽん、と。
せいぎくんはもうどこにもいない存在に語り掛けました。
そしてふと思いつきました。
今日の夜には、ひさしぶりに、昔ひろみが作ってくれたプリンを、自分でもつくってみようかな――と。
おしまい