They (never) dance alone

December 24,2024

「どうしてダンスの相手を選ばなかったんだ?」

学友のチャーリーに尋ねられたリチャード・クレアモントは、最上級の陶器人形のようなかんばせをひくりとも動かさず、濃淡のない声で答えた。

「では、私は誰の手を取るべきであったと?」

「いや、それは……誰か一番好きなやつとか?」

リチャードはふっと微笑み、チャーリーをどぎまぎさせた。チャーリーは「もしかしてリチャードの一番好きなやつはダンスを申し込んだやつの中にはいなくて、今の微笑みはそれを自分に伝えたいからのことで、だからひょっとしてリチャードの特別な存在は自分なのかな」と、コンマゼロ数秒で考えを巡らせ、頬を上気させた。

が。

「では、私は自習をいたしますので」

麗しい男は微笑みを浮かべたまま、夢を一秒で両断した。

立ち上がり、寮の読書室へと去っていったリチャードの背中を見送りを、チャーリーはちぇっとぼやいてから立ち去った。

 

男子校におけるダンスの申し込みとは、男子生徒による男子生徒への申し込みで、ふざけ半分のものが大半であるものの、中には多少の嫌味が混じったものもあった。

圧倒的な『美しさ』を持つリチャードへの申し込みは、既に例年の競技のようになっていた。これはまるでかぐや姫ですねとリチャードが呟いた時には、『かぐや姫』の意味を調べることが課題であるかのように、数々の男子生徒たちが図書館へ向かい、とんちんかんな答えを携えてダンスを申し込み、例年通り全員が撃沈した。

「…………」

ダンスは好きだった。だが無理矢理踊らされるのはごめんだった。

「ジェフみたいにできればいいのに。彼ならもっとスマートにあしらえる……」

寮の読書室には誰もいなかった。大きな試験も終わり、パーティからホリデーシーズンに突入しようとする時期である。勉強気分になるようなタイミングではない。

誰かがカーテンを閉め忘れた窓の外では、月が煌々と輝いていた。

「…………私はかぐや姫ではない。当然、迎えは来ない」

久々に遥か東アジアの言葉を口にしても、「静かにして」と聞きとがめるような人間はいなかった。

リチャードは携えてきた勉強道具をテーブルに置くと、ソファとミニテーブルのある休憩スペースの前でポーズをとった。ゆったりと腕を前に構え、体を微かに斜めに傾け、視線は遠く、どこにもないどこかを眺める。

音のない空間で、足はステップを踏んだ。

ステップ。ステップ。見えないパートナーをリードしてターン。空を切る素早い足さばき。リバースターンからシャッセトゥーライト。

少し汗ばむ程度まで踊ってから、リチャードは腕を下ろした。目の前には誰の姿もない。

長い踊りを共にしてくれた透明人間に感謝するように、リチャードは胸の前に手を置き、優雅に礼をしてみせた。

 

 

 

 

「今思うと、フォークダンスの練習って間が抜けてたな」

「フォークダンス?」

「高校の体育のカリキュラム。今はどうか知らないけど、俺の時代には高校生の文化祭の鉄板だったやつ。男女でペアになって踊るんだ。でも最初からペアで練習はしない」

こんな風に、と中田正義はキャンディの社宅のリビングで動いて見せた。

透明人間を抱くような仕草をし、えっちらおっちらと左右に足を運ぶする。ハミングしているのはオクラホマ・ミクサーだった。

右にステップ。

左にステップ。

微笑みながらゆっくりとターン。

その様子を、リチャードはどこか、陶然とした様子で見ていた。目の前にいる青年を見ているようで、その奥にいる何かを見ているようで、その実何も見ていないような眼差しで。正義もそれに気づいた

「リチャード?」

「何でもありません。しかし、ひどいものですね」

「同感だ。そもそも日本人の高校生男女にいきなり『組んで踊ってください』なんて言っても、みんなそっぽを向いて踊るだけだよ。あんまり意味があったようには思えないな」

「ノー。私が言っているのはあなたのダンスの腕前です」

「え」

リチャードは立ち上がり、中田正義の手を取った。ぎょっとする正義に微笑みかける。

「ここは狭いので、もう少し広いところでレッスンをしましょう」

「おお……リチャード先生モードだな」

「そうでもありません。今の私はパブリックスクール生の気分ですので。さて、広い場所までゆくために、まずはステップのおさらいをしましょう」

「『広い場所』まで踊っていくんだな」

「エクザクトリー」

そして二人は踊り始めた。

 

 

(2024/12/24初出・書き下ろし)