初顔合わせだよ&雪広先生ありがとう! の巻
<前回までのあらすじ>
関東地方カステリャ市の田舎の城に暮らすしがない作家辻村のところへ、遠く東京都アゴダの城(集英社)からふみが届いた。
『あなたの小説、アニメにします!』
なんという福音! しかし実現するとは思っていなかった矢先、アゴダの都からさらなる文が届く。
『アニメ化が決定した故、アゴダにて顔合わせを行う候』
その時、カスティリャの城に衝撃走るーーーー!!
(1~2は大体こんなあらすじでした)
今回のルポは、アニメ化が決定したところからです。
本当にやるんだ……! はいやります、というやり取りの後、
スタッフの方々と辻村と、一度顔合わせをさせていただけるという話があり、
しばらく時間が経ってから
実際に集英社で顔合わせを行うことになりました。
辻村はそれほど会社にお邪魔するするタイプではないので(せいぜい本にサインをいれるときくらいで、担当さんとの打ち合わせは電話で済ませることが多いです)
登社するだけでも若干緊張します。
もちろん緊張の理由はそれだけではなかったのですが。
アニメになるというので、顔合わせをする、
それ以外の情報がない状態で、
たいへん不安がりで心配性な作家の創造性がどこまではばたくか! 非常に見物です!
アニメになるといっても、いろいろなアニメがある……
いいばかりとは限らない、もし「正義とリチャード、ふたりまとめて一人にしませんか?」とか「銀座だと地味だから舞台を宇宙にしませんか?」とか提案されたらどうしよう…… 監督がどんな人なのか全然わからないからあらゆる可能性がある…… ほかにもあれとかこれとか…
それは極端な話としても、のみこめない提案をされて押し切られそうになったら、腹を切ろう、でもそれは三島由紀夫リスペクトすぎるから「帰ります」と言って帰るくらいにしよう…と、そう思っていたのですが
アマゾンで検索したら小型の録音機が出てきたので
日本刀よりこっちのほうがいいかなと思い購入しました。使い方も予習はばっちり!
ブラック企業を転職しようとする部下vsブラック上司みたいな装備になりました。
とはいえそんなことはおくびにも出さず
にこにこしながら会社で待ち構えていると、
果たして関係者の方々の大キャラバンが到着しました。
まずはアニメの監督(実は名前はもううかがっていました)
アニメを作ってくださる朱夏の方々(実はつくってくださる会社の名前もうかがっていました)
それから他にもエイベックスなど、関連会社のいろいろな方(そのあたりのことはうかがっていませんでした)
二十人くらい入る会議室がかなり埋まる感じで、初顔合わせが始まりました。
監督は優しげで、穏やかで、タイガーアイの腕輪をした方でした。
当然のように辻村からはじまる自己紹介! 自己紹介! 会社紹介!
これから一緒に仕事をする同士、大事なことですね。
緊張しつつ場の流れに身を任せ
話がアニメのことに入ると、
まず始まったお話が、
多分これからこういう感じで進んでゆくという進捗管理のことでした。
つまり構成です。
出た! 全部で何話あるか問題!
お話をどこまで(原作でいうところの、たとえばダイヤモンドの話までとか、ペリドットの話までであるとか)やるのか。
その点についてはもう、スタッフさんの中で、結論が出ているようで
私の意見をさしはさむ余地はなかったのですが、その後、
当然出てくる、この質問!
「辻村先生としては、カットしなければならないとしたら、どのあたりだとお思いですか」
「たとえばこの物語の主要な要素を××と○○として
二つのうち一つに絞るなら
より重視するのは××ですか、○○ですか?」
すごい質問が入りました。
それを私にきくのですか! という質問でした。
おおげさにいうならば、
右の腕を切り落とすか、左の腕を切り落とすかという質問に等しいのではないか、おお、もしやそなたはわが友、李徴子ではあるまいか……(山月記)
という現実逃避に流れそうな問いです。
しかしその場にこの質問に答えられる人間は辻村ひとりしかいないため
巨大なテーブルにいる全員が回答を待っています。
虎になっている場合ではありません。逆に一歩間違えるとタイガー道場送りになりかねません(大変なことになるという意味です)。
動揺を隠しつつ
それは難しい質問なので、一度持ち帰ってお返事させていただけないでしょうか…
と答えると
「申し訳ないのですが、スタッフ全員そろうのはここがギリギリのラインで、もう作業を進めなければ間に合わなくなってしまうので…」と。
つまり、即断です。即決です。
大変だ!
ひょっとしたら、これから自分の小説がアニメと聞かされて
情報収集にこのブログにたどり着いたという方は、(多少はいらっしゃると思います)
ここまで読んで「こんなに怖いことが起こるの…」と戦々恐々としていらっしゃるかもしれませんが
アニメの公開直前になった2019年の晩秋、
辻村はかなり幸せなチョイスをさせていただいたのだなということを噛みしめています。
だってこれを作者に質問しようがしまいが、アニメというのは一大プロジェクトは
進めてゆかなければならないわけで
納期に間に合うようにお話をつくってそこに絵をつけて音をつけて声をつけて放送できる状態に仕上げなければならないわけで
そんな膨大な工程が待ち構えていることが辻村以外のほぼ全員には見えていたというのに
アニメのことはズブのしろうとの辻村の判断を仰いでくださったのですから……
あの時会議場にいた全員が
「宝石商リチャード氏の謎鑑定」全巻を熟読してくださっていて、
最大限のリスペクトを辻村に払ってくださっていました。
だからこそ私が決めなければならなかったのだと思います。
ものすごい特権と責任を、同時にいただいた瞬間でした。
とはいえ悪あがきは得意なので、
その場でもらえるだけ時間をもらって
もらって
もらって
考えて
考えて
今までこのお話を書くにあたって考えたことを
全てもう一度考えるような思考の旅を頭の中で行って、
お返事をさせていただきました。
「××か、○○かというよりも
それは両方同じところに帰結するものなので、
その帰結する先である
▼▼というものを大事にしてください」
概念的ではありますが、そういうお返事をさせていただきました。
あれから何か月もたった今でも
同じ質問を受けたら、同じお返事をすると思います。
その後は、決定した物語の大枠に沿って
採用するエピソードの内容をつめていって
それでひとまずの幕となりました。
案外あっけないです!
皆さんお忙しそうなので、ありがとうございますと握手をしたらもうそれで去っていってしまわれるのですが
ちょっと待ってちょっと待ってお兄さんお姉さん、
これから先、どういう予定で、いつ頃に何をしなければならなくなるのか
カレンダーが全然わからないままです…!
もう皆さんが半分以上去って行かれた頃合いに
わりあい全体の手綱を握っていそうな役回りに見えた方に(個人の判断だったのでそれが正しかったのかどうかはわかりませんが今でもお世話になっております本当にありがとうございます)
「申し訳ないのですが、今後も作業の都度必要に応じてご連絡をいただくという話でしたので
今後の作業や、あるいはアニメづくり一般に関する、フローチャートのようなものがあったら
ぜひ教えていただきたいのですが…」
とお尋ねすると
その方は少し申し訳なさそうに、同じくらい悲しそうに眉根を寄せた後、
こう答えてくださいました。
「すみません、アニメづくりにフローチャートはないんです」
????
ないって?
プリンの作り方にも、車の組み立て方にも、
一応はチャートはありそうなものですが、ないの? なぜ??
頭の上にハテナマークがとびまくっている辻村に、その方は得心したように補足説明をしてくださいました。
「確かに、アニメが放送されるまでに必要になる作業は決まっています。
脚本や声や絵、劇伴など、必要な要素は確定してます。ですが、
それをどういう順番で仕上げて行けるのかは、完全に現場の状況次第になるので
こういう順番で……と申し上げることはできないんです」
「たとえば、ABCという順番で話が放送されるとしても、A話の絵コンテができあがっていなければ、できあがっているB話のほうを先に描いたり
画面ができあがっていない中でも、声優さんをおさえられるスケジュールは決まっているので
ほとんど何もない画面にあわせて、声を先にとったり…」
た… たいへんだーーーー!
これはもう、一種の、戦場だ!
たいへんな世界に飛び込むことになってしまったぞと
この時にも改めて思いましたが時すでに遅し! いや後悔は全くなかったのですが
これは大変なことになるぞという覚悟がもう一段階深くなりました!
そしてその時…
辻村は思い出した…
録音機、最後の最後まで切り忘れていたことを…(音声残っています)
でもこの録音が
私が思っていたような意味では、全く役に立たないことも、同時に悟っていました。
パワハラの上司が相手だったら
「こんなことを言いましたよね」という証拠が役に立ちますが
現状大変なのは、これからどうなるかわからない不確定要素がたくさんあるプロジェクトに
全員で立ち向かわなければならないということ、そのものです。
これは対人ではなく、どちらかというと対自然に
似ているような気もします。
(特定の個人ではなく、会社や企業など
大きな「個人の総体」を相手にするときにも
同じようなことを感じます)
でも録音、とてもよい記念になりました… ありがとうございます…
主に自分の、「こんなものを買ってどうするつもりだったんだ」という憔悴記念みたいになりましたが、も、もしかしたら今後の人生でまた役に立つかもしれないし……!
とはいえそれは、振り返った今だからこそ言える話です。
会議の後、辻村は疲れていました。
いつもパソコンのキーボードを叩いている人間が、
たくさんの他業種の方々と、たくさん名刺を交換させていただいて
プロジェクトの根幹にまつわるお話に加わらせてもらったのですから
それは疲れると思います……。
当時はこんな感じでした。
『疲れた… すごく疲れたな…
これからもこんなふうに、右を切るか左を切るかというような選択を迫られ続けるんだろうか…
だとしたら辻村というモノはもつんだろうか…
わからない…
アニメ化って本当にだいじょうぶなのかな……』
そんな風に思っていた時、
とある筋から連絡が入りました。
なんでしょう。仕事かな?
おっかなびっくり蓋を開けてみると
mail
こんにちは、雪広うたこです。
ゆ、ゆきひろ先生だーーーーーーーー!
(font 極太 最大サイズでお願いします)
どっどっどっどうしてなっなっなっなんだろう、どうしたんだろうと確認すると
なんとありがたいことに
アニメ化決定のお祝いもかねて、どこかでお会いしませんかというお誘いをいただいたのでした。
雲の上の人が話しかけてきてくださったような心境でした。
二つ返事でお願いしますとお返事をすると
とんとん拍子で話は進み
いよいよお会いする日が近づいてきます。
大丈夫かな、大丈夫かな、粗相をしないかな、そうしたら切腹だ……(土下座くらいがちょうどいいですね)
それはさておき
そしてアニメづくりに関するお話を、少しでもお伺いできればと思っていたのも事実です(ご存じだと思いますが雪広先生の作品が携わった作品は今までに何度もアニメ化されています)
何かご存じなんじゃないかな、でもお忙しい方だろうからそんな
そんな大それたことはできないし、でも可能なら相談とか…
などと思っているうちにお会いする日がやってきて
派手に待ち合わせ場所を間違えた辻村が
なんとか切腹をするまえに
風のように雪広先生がピックアップしてくださり
わー! わー! どうもー! というご挨拶をさせていただき、
お食事をさせていただき、
混雑していた関係でレストランの隣の席の婚活カップルの会話が丸聴こえだったり、
なんだか変なお見合いのようだった状況を雪広先生が打破してくださったり、
(お名前から雪の女王のような方を想像していたのですが、実在の先生はどちらかというと太陽の帝王のような方でした。明るくて! パワフルで! あったかい!)
なんだかもう
高気圧に包まれたような空気の中
お話をさせていただきました。
弁えない辻村が
「実はこういう不安があってこうこうで」という
だいぶみっともない相談をさせていただいたのですが、
そのままの流れで、二人で遊園地にいって
絶叫マシンに乗ることになりました。
まわるタイプです。
上の方にあがってまわるタイプです。
まわる!!!
まわるよ!!!!
時代と辻村の目が!! まわる!!!!
喜び悲しみ繰り返し!!!!
(ちょっと古い歌のメロディにのせて)
あっこれが……
心機一転……
心のリフレッシュ……
まわるまわるよで、洗濯機みたいにまわって
何かがすっきりした気がする……
そもそも絶叫マシン十年ぶりくらいだしな……
そんなことを思っていると
雪広先生はぽつりと、優しく教えてくれました。
「辻村さん、楽しんじゃいましょうよ」
楽しむ。
「いろいろなことがあると思いますけど、
それは辻村さんにしか体験できないことなんですから
楽しんじゃいましょう!」
そういえば
そういえば
今の私は小説家で
小説が、アニメになるんだなあ……
思い出したのは、最後に絶叫マシンに乗った頃
いやもっと前からの
小説を書いてきた自分の略歴のようなものでした。
一番最初に私の書いたものに絵をつけてくれたのは
今でも忘れない、中学校の隣のクラスの友達で
一緒に漫画や小説を回し読みしていた中で
「そういえば辻ちゃんの書いた小説のイラストなんだけどね」と
至極さりげない感じで、ふたつおりにしたA4の紙に
主要登場人物四人のバストショットをラフスケッチしたものをくれたのでした。
今でもレイアウトやキャラクターたちのまなざしを覚えているくらい
うれしい出来事でした。
もう泣いてしまいそうに嬉しかった……
だって私はプロでも何でもないのに、読んで面白かったからと
あるいは面白くなかったけれど友達の私を励まそうとしてか
絵を描いて、プレゼントしてくれたのだから……
嬉しかったな……
でもそれと同時に思い出したのは
今まで自分の脳内にしか存在しなかったキャラクターたちの
描写しなかった部分、存在しなかった部分も
絵という媒体になると「存在するものになる」ことでした。
くせっけのつもりで書いていたつもりじゃないキャラクターがくせっけだったり
でも私は別に、彼の髪型のことなんか考えていなかったのに
彼女の描いた絵の中にはそういうものとして描きこまれていたように。
私の小説は私の小説だけど
彼女が描いてくれた絵は、私の小説の絵であり
かつ、
彼女の絵だったなと。
アニメはいわば、
文字→イラスト→漫画→アニメ と
徐々に絵の情報が無から増えてゆくメディアの
極地のようなものです。
情報が多くなる分、取捨選択も必要になって
その結果としてもしかしたら
原作を愛してくださっている方が「ここは」と思う部分が
なくなってしまうかもしれない。
いや
かもしれないではなく、
どこかしらを削って、
たとえば大きなダイヤモンドを再研磨して異なる形のカッティングにするように
アニメという土台にはめるために編集してゆくのだから
必ずそういうことは起こるだろうし、
私はその時、その人たちにどんなことを言えばいいんだろう、
責任はとれるのだろうか?
そんなことは絶対にできない、
何故ならこれから何がどうなるのか、スタッフの誰もわかっていないし
アニメというのはそういうものなのだから……
どうしよう、
どうすればいいんだ、
私は一体何なんだろうと
大体そういうことを考えていたのですが
何かひとつ、その時点で、ブレイクスルーが生まれました。
私はこの小説の作者だけれど
アニメにおいては「原作者」だ。
もとになるものを書いた人だけれど
アニメのたった一人の「作者」ではない。
アニメの作者は、この前会議室で顔を合わせた全員で、
強いていうならばその統括者である監督の作品と言うこともできるだろう。
であれば
小説は、小説だ。
アニメはアニメだ。
それぞれは別の存在だけれど、
でも互いに無関係というわけじゃなく、ベースメントの部分では深くかかわっていて
強いていうなら私の小説という石を素材に、
新しく生み出される、別個の作品なのだなと。
ただ現実の石と違って、
小説という石は一度加工したら終わりってわけじゃなく
そのまま、残り続けるものなので
そこはとても、おとくだなあ~と思います。
新しいアニメという作品の中には
私の書いたものの、エッセンスのようなものが確かに残っているだろう。
生の花がそこにあるわけではないのだけれど
確かにそこに 花の香が残っているように。
それはかなり かなりかなり
光栄なことだなと思いました。
責任をとるとらないなんて
そもそも自分の小説においてもできないことで
百パーセント意図した通りに読み取ってもらえなかったらなんて
そんなふうに考えること自体が
神さまにでもなったようにおこがましいとも気づきました。
だって私だって、百パーセント作者の望むように
小説や漫画や映画の内容を読み取って
それで模範解答の答え合わせのように楽しんできたわけじゃない。
創作物というのは、だからこそ素晴らしいものなんだと
いやというほど教えてもらってきていたはずなのに。
何よりもそれを感じるのは
宝石商やマグナキヴィタスや螺旋時空を読んで
辻村にお手紙をくださる方々の感想を読む時で
「こんなことを感じてくださったんだ……! 嬉しい……!」と、
「そうか、この方はこういうことがあったからこのシーンをすごく大事に思ってくださったんだね、それを私に教えてくれてありがとう!」と
思いもよらないような感動を、
たびたび、たびたび
作者が貰っています。
つくったものは、つくったもので
もうひとりでに歩き出してゆくのだなと
そしてそこに責任を取れる人なんていないし、いてはいけないと
ずっと前から知っていたはずなのに
自分の置かれた状況の輝きや華やかさや重大さに目がくらんで
よくわからなくなっていました。
でもそれに気が付けたことで
少し、何かが、救われたように思いました。
雪広先生がおっしゃった「楽しむ!」が
果たしてこういう意味であったかどうかはわかりませんが
とにもかくにも
あのちょっとひなびた遊園地の、絶叫マシンを降りたところで
日差しを顔面に浴びながら
こういうことを考えておりました。
本当にありがたい宝物をいただいてしまいました。
雪広先生、本当にありがとうございます。
あれからずっと
あたたかく見守ってくださってありがとうございます。
先生の存在に何度も、何度も
何度も何度も
たくさん救われています。
さてそろそろこの長い記事も終わりに近づいてきましたので
次回予告の時間です。
何はともあれアニメ化の作業はすすんでゆきます。
アニメをつくるにおいて、最初に必要になるものはなにか?
そうです、脚本です。
次の「アニメ関連の話」では、
脚本づくりについてメモをしておきます。
だいぶ長文になってきましたが、
どうぞ次回も辻村につきあってください。
むせつつ
to be continued!!
I love you so much!!
So so much!!