2025年末特番04

December 31,2025

年末特番04みのるくんのいない間に     「リチャード、俺……うまくやれてるかな」 みのるくんが学校に行き、珍しく俺とリチャードの二人が家に残った朝。 気づけば俺は、そんなことを尋ねていた。 二人暮らしになるはずだった生活が、三人暮らしになってから二週間。そこそこ慣れてきた頃合いではあると思う。ありがたいことにみのるくんはリチャードにシンパシーを感じてくれているらしく――ありがとう、美貌の超人の寝起きの悪さよ――変に気を遣いすぎるようなことも、今のところほとんどないように思う。 どちらかというと、彼が気を遣っているのは俺だ。 中田さんという呼び方はようやく『正義さん』に替わったが、それでもやはり、壁は感じる。壁というか、彼が階段の同じ段に乗ってこようとしないというか、俺をずっと見上げてくれているというか。 大丈夫なのか。 大丈夫なのか中田正義――と、俺は一日に何度も自

2025年末特番03

December 31,2025

年末特番03 タローの思い出     「本当にその名前にするのですか」 「何度も言うけど、お前にもっといい候補があるなら、そっちにする」 「………………」 リチャードは黙ってしまった。 クウゥ、と犬が声をあげる。スリランカによくいる雑種の茶色い犬で、まだ若い。一歳にはなっていないと思う。名前はまだない。 今この瞬間には、まだ。 俺たちはスリランカの社宅で、この犬と仲良くやると決めたのだ。 名前をつけるのは俺に任せるとリチャードは言ってくれた。こいつを見つけてきたのが俺だったからだ。もしかしたら俺の中に、既にひそかにこいつを呼ぶときの名前があるのかもしれないと思ってくれたのかもしれない。多少は正しい推測だ。あるにはあった。でもただの愛称のようなものだったので、リチャードのセンスに合わないならば取り下げる。 果たしてその名前は何でしょう、とリチャードが言ったので、俺は胸を張

2025年末特番02

December 31,2025

年末特番02 ホテル滞在   大型ホテルはある種の異空間だ。 施設の中だけで生活が完結してしまう。 寝る所はある。風呂にも入れる。食べ物を買いに行く必要もない。服は毎日洗濯してもらえる。もちろんお金はかかるのだが、今回の俺の場合、そのあたりの経費は全て丸抱えにしてもらっている。凄まじい金額になっているはずだが、今はそれは考えないことにしている。そこまで考えられるほど、メンタルが回復している気がしないからだ。 現在の俺は、いろいろあって療養中――と言えばいいのだろうか。 人生の一大事というとオーバーすぎるが、いやカウンセラーの先生には「そのくらいのことだったと思いますよ」と言われたが、ちょっと嫌な出来事があり、それで精神的にダメージを喰らっている状態なのである。しかしありがたいことに、ひろみや中田さんといった家族、そしてリチャードやその親族など、ありがたいメンバーのフルサポートを受

2025年末特番01

December 31,2025

年末特番01 ダウンジャケットの話     俺、中田正義がエトランジェに勤め始めて初めての冬。 銀座に雪が降った。 昨日に続いて、この冬二度目の雪だ。 店に入った時にはまだ降っていなかったが、三十パーセントの予想で夜からは雪だったので、俺もリチャードも傘を持っていた。だが想定外だったのは、前日の雪がとけて凍り付いて、路面がツルツルになっていたことだ。スケートリンクの上に雪が降ったところを想像してもらいたい。そんな感じだ。 俺はフォーマルめとはいえ運動靴をはいていた。最近セールで買ったダウンジャケットと同じ黒色である。裏はゴム。雪でもある程度は大丈夫だ。 だがリチャード氏は革靴である。 それはもちろん、難儀している。 エトランジェの出口である階段を降り切ったところで、リチャード氏はテナントの壁につかまったまま硬直していた。棒立ちになっているわけではなく、絶妙なバランスを保