お祝いに寄す 特別な記念日のプレゼントとしてジュエリーを贈る方は、案外多い。 まだ数週間のアルバイト経験ではあるが、ジュエリーを渡しながらプロポーズという案件にも、既に一件、遭遇している。店主曰く、それほど珍しいことでもないらしい。店員が少なく、ひとめを気にする必要のない店の雰囲気も手伝っているのだろう。もしかしたらジュエリーを受け取って、店外でプロポーズという流れになったお客さまもいるのかもしれない。店員の俺が目にしているお祝いなんてほんの一部であるはずだ。プロポーズだけではなく、付き合い始めて五周年のお祝い、初デート記念、結婚十周年など、お祝いの理由はさまざまだった。 でも一番目立つのは、やはり誕生日だ。祝いやすい記念日という感じがする。 しかし。 「なあリチャード、かなりひねくれたことを言ってる気はするんだけどさ」 「ええ」 「……どうして誕生日って、お祝いをするんだろうな」
2017年12月31日に、twitter上で公開した「絶対に笑ってはいけない宝石商」をblogにまとめました。本編や特典小説とはやや異なる、ふざけたテンションで、いろいろな人がリチャード氏と正義くんを笑わせようと頑張っています。大したネタバレはないと思いますが、シリーズ五巻までの登場人物を含みます。 『宝石商リチャード氏の謎鑑定 転生のタンザナイト』発売前の、年の瀬のわいわいした雰囲気を一緒に楽しんでいただければ幸いです。 言うまでもありませんが、本blogも辻村もこのおふざけも、年末名物の超有名バラエティ番組とは、何の関係もございません。ご寛恕ください。 ——— 1 「本年もやってまいりました『絶対に笑ってはいけない宝石商』、司会はわたくし、4巻まで名前の判明しない謎の男Sです。どうぞよろしく。本ゲームはゲストを笑わせることを目的としたバラエティの様式
22日は大変な雪になりましたが、皆さまご無事でしょうか。 辻村のところは、雪だるまを作ろうと思っている間に、雪が解けてしまいました。 2018年1月19日に、『宝石商リチャード氏の謎鑑定 転生のタンザナイト』が発売されました。シリーズ第六弾です。オレンジ文庫の公式ページはこちらです。 http://orangebunko.shueisha.co.jp/book/4086801698 あらすじや試し読みなどがあります。楽しんでいただけますように。 今回のタンザナイトで、宝石商シリーズは『第一部』が完結となります。本当に終わってしまうわけではなくて、彼らのお話は第二部に続きます。第一部と第二部、どんな風に変わるのか、あるいは変わらないのか、楽しんでいただけるよう頑張ります。 いつも応援してくださる皆さま、本当にありがとうございます。おかげさまでもう少し、彼らとの付き合いを続けら
空港にて こんにちは。 相席よろしいですか。込み合ってきたみたいで。 そんなに長居はしません。コーヒー一杯で立ち去ります。 どうも。 さすがにこの時期になると、この地方も少しは冷えますね。あなたもここで乗り換えですか? ああ、ドイツからの帰り道ですか。羨ましい。お住まいがシンガポールなら、もう目と鼻の先ですね。 それ、アドベントカレンダーですか。 お嬢さんへのおみやげなんですね。おいくつですか? 八才。可愛い盛りでしょうね。ははは。このメーカーは知ってますよ。チョコレートの老舗だ。いいお店を選びましたね。全部食べられる日がきっと待ち遠しくなります。 え? これが何だか、ご存じないんですか? ご存じないのに買ったんですか。 ああ、なるほど。確かにこれは『箱詰めのお菓子』ですし、『お子さまのクリスマスのおみやげにぴったり』って薦められてもおかしくない。間違っていませんよ。
※本作は、「宝石商リチャード氏の謎鑑定 天使のアクアマリン」特典SSです。「天使のアクアマリン」本編の内容に微妙にかかわる内容ですが、あくまで微妙なかかわりです。閲覧の際はご了承ください。 空漠のセレスタイト これを持って行かないか、と。 美貌の宝石商は、石を手に問いかけてきた。携えているのは、まるきりじゃがいものような石だ。かさかさしていて、まるで飾り気がない。子どもの握りこぶしくらいはある。 「取引先がおまけにつけてくれました。ほとんど押し付けられてしまったのですが」 そんなことを言われても。これを持っていってどうするんだと俺が尋ねると、たとえば贈り物にするとか、とリチャードは言った。谷本さんのことを考えているのだろう。確かに鉱物岩石を愛する彼女なら、こういう素朴な石も好きだとは思うが。 「いや……この前買ったアクアマリンも、まだ保留になってるわけだし」 俺の方にも、個人的
2017年8月22日 集英社オレンジ文庫 辻村七子『宝石商リチャード氏の謎鑑定 祝福のペリドット』 が発売されました。シリーズ第五巻です。 長らくのご愛顧と応援、本当にありがとうございます。 雪広先生の絵が、いつにもまして麗しいです。オーバーサイズのシャツと鎖骨、そして物憂げな眼差しのトリプルコンボをきめたリチャードに悩殺されました。ネイビーのスーツ姿の正義くんの、しっかりした手も、うっかりが身上とは思えないほど頼り甲斐があってかっこいいです。 リチャードが手に持っているのは、結婚式でおなじみの、女性用の額飾り『ティアラ』ですね。特別な時のための装身具です。 いつもと少しイメージの違う二人ですが、雪広先生が本文を読んで、いろいろな謎をこめた表紙を描いてくれました。雪広先生、本当にお忙しい中、いつもすばらしい贅沢をさせてくださってありがとうございます。本編を読んでくだ
エトランジェの日常 ―クンツ博士とモルガン― 銀座の宝石店エトランジェの土曜日は長い。とりわけ今日は長かった。十一時の開店から三時まで、ひきもきらずお客さまがご来店になられて、俺もリチャードも昼を食べ損ねてしまった。三時半になってやっと、コンビニのおにぎりなんか食べている始末である。四時になったらまたお客さまがご来店の予定だ。まだまだ先は長い。 赤いソファに腰掛け、野菜たっぷりのおしゃれなサンドイッチを平らげたばかり男に、なあ、と俺は声をかけた。 「どうして石って、みんな最後に『ナイト』がつくんだ?」 俺の質問の意味を、イギリス人のリチャード氏は、少し考えていたようだった。端麗な沈思黙考の顔になり、口の中をロイヤルミルクティーですっきりさせた後、ああ、と彼は頷いた。 「あなたが言っているのは、アレキサンドライトやアラゴナイト、クンツァイトなどの、名称の話ですか」 「そうそう! それだ
web書き下ろし短編 宝石と、ケーキ。 どちらにしても俺の上司、無類の美貌を誇る宝石商リチャード・ラナシンハ・ドヴルピアン氏の好物である。もちろん彼は宝石を食べるわけではないしケーキをお客さまに商うわけでもないので、それぞれ愛で方は違っているが、どちらも同じく、彼の心の大事なところをしめている、ある意味『彼の一部』という感じの要素だ。それからもちろん、ロイヤルミルクティーも。 銀座七丁目の雑居ビル二階。リチャードの営む宝石店『エトランジェ』には、それなりの理由があって、宝石店にあるまじき立派な厨房がついている。ほぼお茶くみのアルバイトである俺の主な持ち場だ。 鍋の火を止めて、厨房から、ちらりと応接間の様子をうかがう。 次のお客様がお越しになるまでにはあと一時間ある。骨太のセールストークを繰り広げた店主は、ひとりソファで休憩中で、甘味大王モードになっている。本日のお茶請けは甘夏のた
繋ぐクリソプレーズ 『ジュエリー・エトランジェ』銀座七丁目にひっそりと居を構えている。店主のリチャードは、この世のものとは思われない美貌の持ち主だが、どれほどの麗人でも、半年も土日に顔を合わせていればさすがに慣れてくる。慣れた分疑問も沸いてくる。 「なあリチャード、お前って甘いもの以外に好物はないのか? ラーメンとか食べないのか?」 麗しのリチャード・ラナシンハ・ドヴルピアン氏は、青い瞳を眇めて俺を見た。赤いソファに腰掛ける彼は、大振りの宝石箱の中身を、窓から差す午前の光にかざして眺めている。 「質問の意図をはかりかねます。何故『ラーメン』なのです。あなたとは何度か食事もご一緒しましたよ。好き嫌いなく食べます」 「それは分かってるよ。別にラーメンに限った話でもないけどさ、お前ってあんまり……そういうの食べないだろ?」 ニラとか。にんにくとか。肉汁滴る焼肉とか。 イメージに合わないこと
クレオパトラの真珠 昨日は久しぶりに、テレビ局の夜勤バイトだった。宝石店『エトランジェ』での土日のアルバイトの邪魔にならない範囲で、まだ少しだけ続けている。夜勤室にある消音状態のテレビからは、バイト先の局のチャンネルしか流れない。俺が入った六時には、歴史系のクイズ番組が流れていた。 特に興味のあるジャンルではなかったのだけれど。 「あのさリチャード、真珠って本当に、酢に溶けるのか?」 「クレオパトラの逸話ですか」 「うお、さすが宝石商」 「一般常識です」 紀元前のエジプトの女王だったクレオパトラは、ローマの将軍アントニウスと『どっちが豪華な食べ物を準備できるか』バトルをしたという。アントニウスは正攻法で世界の珍味をずらりと並べて見せたが、女王は変則技を使った。耳飾りにしていた大粒の真珠を、カップに注いだ酢で溶かし、アントニウスの前で飲みほしたのだ。 あっけにとられるアントニウスに、