辻村日記2(文学フリマ配布冊子)

May 23,2024

四月二十一日 時間がないのに「時間がある」と錯覚することが、ままある。悪い癖である。この冊子もその『錯覚』の産物で、これを書いている現在は四月二十二日である。五月の文学フリマまでちょうど一か月というタイミングだ。新刊の原稿も完成、印刷所への入稿もじきに終わるだろう。そんな折。 もう一冊イケるんじゃないか? と思ってしまったのである。 馬鹿、よせ、イケると思ってもイケない時もあるじゃないか、考え直せ、ほかいろいろな心の声が聞こえたが、本づくりの面白さを知ってしまった辻村の耳には届かない。そも、思い出してしまったのである。 去年の秋、青木祐子先生(『ヴィクトリアン・ローズテーラー』『これは経費で落ちません!』の大先生である)から「文学フリマはとても面白いのでいいですよ」とお誘いをいただいた際、「じゃあこんな本が出したいな!」と夢見ていた本の中には、読書記録があったはずだ。 私は本が好きだ。本が

あなたに祝福を

May 14,2024

落雷による急な停電か何かが原因だったらしい。 初夏の日、私たちが乗っていたスイス山岳鉄道は、山中で急にストップしてしまった。 食堂車まで据え付けてある列車である。もちろんトイレも毛布もある。一日や二日止まったところで、生死にかかわる大問題になる可能性はわりあい少ないだろう。だが世の中の人には、当時の私のような十歳の子どもでもない限り「明日の仕事」「明後日以降のタスク」というものがあり、交通機関が予想外に一時停止などしてしまおうものなら、それらがとんでもなく遅れてしまって大変なことになるのだ。大抵の人は困る。あるいは戸惑う。最後は怒る。 そして子どもは、そういう大人のイライラした空気を、鋭く感じ取る。 叔父に連れられて叔母の山小屋まで――叔母は私が来るのをたいそう楽しみにしてくれていた――行く途中だった私は、暗くなった電車の中でひとり震えていた。叔父は「様子を見てくる」と言って、私たちの四人

辻村日記(SFカーニバル無配冊子)

April 29,2024

辻村日記 3月19日 日記を書こうと立ち上がったら、足元に積んでいた本がドミノになって倒れて行った。上から『少女星間漂流記』(東崎惟子)、『竜の医師団』(庵野ゆき)、『梁塵秘抄』(角川ソフィア文庫)、『営繕かるかや怪異譚』(小野不由美)、『勝手に! 文庫解説』(北上次郎)、『ヒッキーヒッキーシェイク』(津原泰水)だった。全部敬称略、全部積読である。我が家の書痴グランデ・ブックタワーはまだ他にも複数あるのだが、そのうちの一つに足先でタッチしてしまったがゆえの悲劇である。もう一回積み直した。 はじめまして。あるいはこんにちは。辻村七子と申します。二〇一四年ごろから小説家をしているので、そろそろ十年やらせてもらっていることになります。主に集英社オレンジ文庫で『宝石商リチャード氏の謎鑑定』などの作品を上梓している、ライト文芸畑の作家です。好きな食べ物はゆば卵丼で、好きなコーヒーはブラックです。 自

アンソロジー「少女小説とSF」&SFカーニバル参加

April 2,2024

3/27に発売された、「少女小説とSF」(星海社)に参加させていただいております。 SF世界のレジェンドのような先生方の中にまじらせていただいて、今でも「これは夢じゃないか……!?」という気持ちのままです。本当に私がここにまじっていいんですか……?! 愛らしくも力強い瞳をもつ「少女」の挿画は、orie先生のものです。 辻村七子は『或る恋人たちの話』という、18世紀くらいのフランスが舞台のスチームパンク身体改造系SFを書きました。ご縁があったらよろしくお願いいたします。   また、4/27~28の二日間、代官山蔦屋(ツタヤ)書店で開催される『SFカーニバル』に、今年も参加させていただきます。サイン会もあるので、お近くにお住まいの方は遊びに来てみてください。SF作家があちこちから集まってきて、みんなでワイワイやっている春の催し、きっと楽しいですよ!

宝石商のTRPGシナリオを書きました

April 2,2024

ごぶさたしております、辻村です。 本年一発目のblogおしらせがこれで恐縮なのですが、テーブルトークRPGのシナリオを趣味で書いてみました。お好きな方はプレイしてみてください。boothという場所を借りて、無料で配布しています。   https://booth.pm/ja/items/5590542   ※TRPGシナリオの特性上、オチまで全部のことが書いてあります。もし「自分はゲームマスターはしないと思うけれど友達がしてくれそう」という方は、シナリオの通読=ネタバレにご注意ください。 今年は5月の文学フリマ(東京)にも参加する予定で、今から同人誌を二冊、モリモリ作っています。一冊は「作家になったらどうなるか」という自分の過去の体験談を、何かの役に立つかも……という形で編集部や印税の話とともにまとめたもので、もう一冊はかきおろしの短編集(舞台は全部現代日本)です。 上述

美しい人

December 24,2023

その人を美しいと思う。 それは当たり前のことだった。 空が青いように、鳥がさえずるように、人々は口々に言った。 美しい――と。   半面、ティモシーは人々がこう口にするのもよく耳にしていた。 かわいそうに、あんなに人並外れて美しいと、いわゆる『人並みの幸せ』は手に入らないだろうね――と。   幼かったティモシーには、それがどういう意味なのかわからなかった。おじいちゃまやおばあちゃまに連れて行ってもらうよそのお屋敷のパーティに佇んでいる、お人形のように美しい同世代の男の子が、『幸せになれないね』なんて言われるのを可哀そうだと思いながら聞いていた。とはいえそんな特別な男の子と、特に親しいかったわけでもない。「そんなこと言うものじゃないですよ」等と言い返す義理も度胸も、ティモシーにはなかった。   時は流れ、ティモシーはおじいちゃまから爵位をつぐことになった。おとう

2023辻村七子誕生日おたのしみSS(5)

September 24,2023

※おことわり※   以下のSSは、辻村七子の誕生日を自分で祝うための「面白いことがしたいな!」という気分に基づくSSです。続き物です。(1)からお読みください。またとてもふざけています。何を読んでも笑って流していただければ幸いです。また本作のパロディもとになっている何らかのゲーム作品と辻村とは、一切合切なんの関係もございません。ご承知おきください。 ———— りちゃぽんはせいぎくんの手をとり、再び雲の中にとびこみました。 きっとこんな風に飛ぶのは最後だとわかっているのか、りちゃぽんは小さな手でせいぎくんの手をぎゅっとにぎっていました。 そして。 「ぽにおー!」   『つきましたよ』とりちゃぽんは言いました。 途端に視界が開けます。 せいぎくんは息をのみました。 眼下に見えてきたのは、大きな夜の公園でした。 そこらじゅうに広

2023辻村七子誕生日おたのしみSS(4)

September 24,2023

※おことわり※   以下のSSは、辻村七子の誕生日を自分で祝うための「面白いことがしたいな!」という気分に基づくSSです。続き物です。(1)からお読みください。またとてもふざけています。何を読んでも笑って流していただければ幸いです。また本作のパロディもとになっている何らかのゲーム作品と辻村とは、一切合切なんの関係もございません。ご承知おきください。     ————————————–   りちゃぽんはその後、さいごの仮面をてにいれました。 それはガラスでできた、とうめいな仮面でした。あまりにとうめいなので、持っているのかいないのか、よくよく目をこらさなければわからないほどです。 せいぎくんはみけん

2023辻村七子誕生日おたのしみSS(3)

September 24,2023

※おことわり※   以下のSSは、辻村七子の誕生日を自分で祝うための「面白いことがしたいな!」という気分に基づくSSです。続き物です。(1)からお読みください。またとてもふざけています。何を読んでもワハハと笑って流していただければ幸いです。また本作のパロディもとになっている何らかのゲーム作品と辻村とは、一切合切なんの関係もございません。ご承知おきください。     りちゃぽんは次々に美しい仮面を見つけました。   にまいめの仮面は、金髪の男の子がお父さんとお母さんのけんかを見ているところにありました。男の子の両親は、どちらが自分の子どもをひきとるかではなく「引き取らせるか」でもめていて、男の子はただ呆れたように二人の大人を眺めていました。せいぎくんは胸がきゅっとなりましたが、いつの間にかりちゃぽんの手の中にあった仮面は、雪のようにキラキラと輝く、びっ

2023辻村七子誕生日おたのしみSS(2)

September 24,2023

※おことわり※ 以下のSSは、辻村七子の誕生日を自分で祝うための「面白いことがしたいな!」という気分に基づくSS、その2です。(1)から続いています。内容はとてもふざけています。何を読んでもワハハと笑って流していただければ幸いです。また言うまでもありませんが、本作のもとになっている何らかのゲーム作品と辻村とは、一切合切なんの関係もございません。ご承知おきくださいませ。     ———–   せいぎくんとりちゃぽんは、手をつないで雲の中をとんでゆきました。 きらきら輝く雲は、おかしなことにどこまで飛んでも切れ目なくつづいています。そして空の上だというのに、せいぎくんは少しも寒くありませんでした。 「りちゃぽん! どこまで行くんだ!」 「ぽにっ、ぽにーっ!」   『それほど遠くではありませんよ』とりちゃぽん