宝石商のTRPGシナリオを書きました

April 2,2024

ごぶさたしております、辻村です。 本年一発目のblogおしらせがこれで恐縮なのですが、テーブルトークRPGのシナリオを趣味で書いてみました。お好きな方はプレイしてみてください。boothという場所を借りて、無料で配布しています。   https://booth.pm/ja/items/5590542   ※TRPGシナリオの特性上、オチまで全部のことが書いてあります。もし「自分はゲームマスターはしないと思うけれど友達がしてくれそう」という方は、シナリオの通読=ネタバレにご注意ください。 今年は5月の文学フリマ(東京)にも参加する予定で、今から同人誌を二冊、モリモリ作っています。一冊は「作家になったらどうなるか」という自分の過去の体験談を、何かの役に立つかも……という形で編集部や印税の話とともにまとめたもので、もう一冊はかきおろしの短編集(舞台は全部現代日本)です。 上述

美しい人

December 24,2023

その人を美しいと思う。 それは当たり前のことだった。 空が青いように、鳥がさえずるように、人々は口々に言った。 美しい――と。   半面、ティモシーは人々がこう口にするのもよく耳にしていた。 かわいそうに、あんなに人並外れて美しいと、いわゆる『人並みの幸せ』は手に入らないだろうね――と。   幼かったティモシーには、それがどういう意味なのかわからなかった。おじいちゃまやおばあちゃまに連れて行ってもらうよそのお屋敷のパーティに佇んでいる、お人形のように美しい同世代の男の子が、『幸せになれないね』なんて言われるのを可哀そうだと思いながら聞いていた。とはいえそんな特別な男の子と、特に親しいかったわけでもない。「そんなこと言うものじゃないですよ」等と言い返す義理も度胸も、ティモシーにはなかった。   時は流れ、ティモシーはおじいちゃまから爵位をつぐことになった。おとう

20xx年のアスコット

June 28,2023

世の中には二種類の人間がいる。品定めを『する』側と、『される』側である。 その極致がこの場所なのかもしれないと、十八歳のジェフリー・クレアモントは理解していた。 「まあ素敵なお召し物。次代をになう坊ちゃまがご立派で、お父さまもさぞかし鼻が高いでしょうね」 「ありがとうございます、メアリー夫人。ですが自分は次男ですので」 「本当にねえ。こんなことは言わない方がいいのかもしれませんけれど、お兄さまとあなたが逆でしたらよかったのに」 言わない方がいいかもと思ったなら言うなよ、と思いつつ、クレアモント伯爵家の次男は礼儀正しい笑みを浮かべ続けた。メアリー夫人は近隣の侯爵家の先代当主の夫人で、御年は八十に近い。何を言われても目くじらを立てるべきではなかった。 六月のイギリスを代表する風物詩、ロイヤル・アスコット。 アスコット競馬場と呼ばれるロンドン郊外の場所で開催されるのは、王族主催の華やかな競馬だっ

つきのひかり

May 14,2023

花の中で眠っていた。 目が覚めた時まず、えっどうした、と思った。頭の上で花が咲いているのだ。赤とオレンジのあいだくらいの淡い色合いの花。コクリコだろう。ベッドやソファでうたたねした時とはまるで視界が違う。花の上には空が広がっている。明らかに屋外だ。 そして。 「おはようございます」 リチャード。 空と、花と、リチャード。 何だかポエティックだなあと思いながら、わけのわからないまま目を擦り、上半身を起こすと、頭の上から葉っぱが落ちた。 庭園と池。太鼓橋。ああ。 「ヘンリーさんの新しい家……だっけ」 「その通りです」 「コンセプトが印象派で、ええと、ここは」 「ジヴェルニー」 「ってことは、フランス」 「ウィ」 その通りです、とリチャードが答える。徐々に状況理解が現実に追い付いてきた。 俺とリチャードは一週間前からヨーロッパ大陸に来ている。ミュンヘンでのミネラルショーに参加するためだ。ミュンヘ

捨てられない男

April 27,2023

「うーん…………」 スリランカ、キャンディ市某所の社宅。 二階のクローゼットを前に、俺、中田正義はうなりごえをあげていた。 高校生や大学生の頃には想像だにしなかった悩みに直面したのである。 服がもう、収納に入りきらない。 捨てないと入らない。 バラエティ番組か何かで『服を買いすぎてしまう女性』というものを初めて見た時に、世の中にそんな悩みがあるのかと感動すらした俺が、二十代半ばの今、その悩みを我が事として引き受けている。これもある意味感動的ではあるが、どっちかというと現実逃避だろう。 捨てなければ。 服を捨てなければならない。 まずはクローゼットの現状を認識しよう。スーツはいい。新しいものを買った時には古いものをご近所さんに差し上げているので、それなりに回転している。私服もいい。着まわしているポロシャツやTシャツは量販店のものなので、古くなったら雑巾にしている。 問題はこれだ。 「正義、ど

おつかれさまの話

February 4,2023

「うかない顔してますね」 「……ジェフリーさん」 「中田くんはそんなにパーティが苦手でしたっけ?」 晩夏のフランス。 ロワール川沿いに建つ古城が、今日のレセプションの会場だった。 クラシック音楽とEDMをまぜた、どことなく上品なダンスミュージックが、宝石とアンティークの展示された一階ホールを満たしている。フランスに軸足を持つ大手ブランドの新コレクションお披露目パーティで、俺とリチャードは招待客枠だった。厳密にいうとリチャードだけが。一名同伴可能。 俺は秘書枠、ガードマン枠である。 だが、おおかたの招待客は、パートナーを伴っていた。 美貌の宝石商、英国伯爵家の血をひくリチャードは、引く手あまたの生きた宝石である。まあ何て素敵、まあエレガント、さまざまな言葉で存在を称賛され、それとなく探られる。 そちらの方は? と。 秘書ですとリチャードは紹介する。 ああそうなのね、と皆さんは微笑み、俺を眺め

2022クリスマスSS / Noel

December 24,2022

十二月二十四日。クリスマス・イブ。人々の気分が浮き立つ日。 俺の大事な上司リチャード氏の誕生日でもある日。 何という運命のいたずらか、俺の上司は宿泊先のアパルトマンで体調を崩してしまった。それほど熱は出ないタイプの風邪のようだったが、倦怠感と吐き気がひどいらしく、白い顔をしてベッドでうなっている。心配だ。非常に心配である。だがそれ以上に、申し訳ないのだが少しおかしい。 「健康です。私はまったくもって健康です」 「絶対調子が悪いだろ。そのまま寝てろよ」 「今は多少物憂い気分であるため横になっていますが、気が晴れたらすぐにでも起きてあなたの料理をいただきたく思っています」 「無理するな。たまごのおかゆ作ってるから。あ、ポリッジの方がよかった?」 「正義、せっかくのイブなのです…………」 「関係ないよ。暦のために人間がいるわけじゃないだろ。人間のために暦があるんだ」 「それでも地球が回るのと同じ

11.9

November 9,2022

「家の中でクリスマスマーケットするのってどんな気分?」 「ン。多少、ふしぎ」 「そりゃそうだね!」 茶髪の日本人は、見渡す限りの庭園と、そこここに広がるクリスマスの出店を眺め、あーっと叫び、のびをした。広大な敷地と喧騒のせいで、特に誰も振り向かなかった。 二人の背後には、巨大というにもあまりある、英国貴族のカントリーハウスが控えている。地図帳で言うところのクレアモント・ハウスだった。 「広いなー。スペインの農園にお邪魔して、『広い家』には慣れたつもりだったけど、やっぱこの広さは異次元だ」 「長年にわたる、支配と、搾取と、暴力の、結果」 「エンリーケ、やっぱ日本語の語彙に偏りがあるよ……」 私は英国人なのでと、茶色いカシミアのコートのイギリス人は英語でふざけた。 ツリーのかざりやスコーン、ミンスパイ、ホットワイン、園芸用品など、手に手に収穫を持って出店をめぐる観光客たちは、庭園と邸宅の持ち主

祭りの日 b

September 24,2022

「桜を見ると、俺、日本人でよかったなあって思うんだよ。順序が逆かもしれないけど」 「左様ですか」 「きっと日本で生まれて、毎年三月か四月に花見をして、なんとなくそれがいい思い出として心に残ってるから、桜を見るたびいい気分になるんだろうな」 「では、今のあなたはいい気分というわけですね」 「うん。まあ桜だけが理由じゃないけど」 ピンク色のちょうちんでかざられた川沿いの街は、山手から少し歩いた、のんびりとした地区にある。毎年さくら祭りという、わりとそのまんまの名称のお祭りがおこなわれていて、ちょうちんのあかりに照らされた夜桜を眺めながら歩けるのだ。こういう催しを見るたび、俺は日本の治安の良好さをひしひしと感じる。時刻は夜の十時になろうとしているが、当たり前のように幼い子ども連れの親もいる。いいところだ。 ピンク色の桜の花が咲いている。 闇の中を流れる舟のように散る。 かすかな甘い匂いが、夜の貴

祭りの日 a

September 24,2022

飾り立てられた象が大通りをゆく。 ペラ・ヘラ。 俺が住むスリランカ、キャンディの名物ともいえる、仏教の祭典である。毎年夏。占星術的に縁起のよい日を選んで催行される、おしゃかさまの歯という、西洋風に言うなら聖遺物をまつるイベントだ。 美し容れ物に入った歯を、きらきらに飾り立てた象の背に載せて、街の中を練り歩く。 一年で一番、この山の街が賑やかになる日だ。 「いつからかなあ。俺、これ毎年観られるものだと思ってたよ」 「そうでしょうか。海外出張も多かったのでは?」 「まあ、それはそうだけど」 家、というかスリランカの社宅のまわりでペラ・ヘラが催行されているんだなあと思うと、その時イタリアにいようがシンガポールにいようが、俺の気持ちが象の歩く街にとんでいったものだった。お隣のヤーパーさんに電話をして、ジローとサブローの様子を尋ねたりすることもよくあったし。いわば魂が分裂しているようなものだ。キャン