【注意 この小説には「宝石商リチャード氏の謎鑑定」10巻以降のネタバレが含まれます。可能であれば該当巻、あるいは11巻までご通読の上、お目通しください】 「あっつ。あっつい。あつすぎ。日本の夏は過ごしやすいなんて言ったやつは大嘘つきよ」 「誰もそんなこと言ってないよ」 よく冷房の効いたホテルの一室で、男はたてがみのように、ポニーテールにした長いアッシュグレイの髪の男をゆさぶった。それを見ている男が、苦笑して飲み物を持ってくる。冷えたペットボトルのお茶を、ホテルの据え付けのグラスに移しかえたものだった。 手に持たされたグラスで、強制的に乾杯させられ、長い髪の男は芝居がかったため息をついた。 「別に疲れたって意味じゃないからね。
「――日付が変わったね。あなたのお誕生日だよ。おめでとう!」 「ありがとう」 「おめでとーう!」 「ありがとね」 「テンションひっくい。何でもしてほしいことしてあげるよ」 「別にいいよ。そういう関係でもないし」 「どういう関係のこと言ってるの? 友達の誕生日を祝うのは当たり前のことだよ」 「………………」 「ちょっと」 「………………」 「ちょっとー? ハロー?」 「……いや、君と僕は、友達だったんだなあって」 「私の中では、一度会ったら『お知り合い』、二度会ったら『知人』、三度会ったら『お友達』なの。よって私たちはお友達。もう十回くらいは会ってるでしょ? そういう意味」 「ああ、そういうヨアキムコードがあったんだ」 「あったの。さ、何してほしい?」 「いいよ、別に何もしなくて」 「踊ってあげるけど」 「いい。特にないんだ。してほしいこと」 「…………ふーん。ま、いいよ。わかってはいたし。
2021年6月18日 『宝石商リチャード氏の謎鑑定 輝きのかけら』が発売となりました。 シリーズ第11作にあたります。 谷本さん、ヴィンス、ジェフリーなど、いままでサブポジションでリチャード氏や正義くんを支えてくれた人たちに焦点を当てたお話です。 おそらくは編集担当さんだと思いますが『これまでと、これからの話』というキャッチコピーを帯につけていただきました。そのものずばりだと思います。 短編が7本収録されているといいながら、今回の本は実質、中編1本+短編6本です。 1本だけとても分量の長いお話が隠れています。 「彼」のお話です。 「彼」は今まで活躍してくれたサブポジションの人々の中でも、とりわけリチャード氏と正義くんのために心をくだいてくれた人で、ついでに自分自身まで砕こうとするくらい頑張りすぎていた人だと思うのですが、どういう道筋をたどって、どういう風に歩いて
「正義!」 「リチャード! やったな!」 「やりました」 「やったな!」 「ええ、やりましたとも」 俺たちは満面の笑みを浮かべ、ハイタッチをした。高校生の運動部のごとくさわやかな手の平の音が、パーンと部屋の中に響き渡る。そして粉が飛び散る。 ホットケーキの試行回数は、実に十四回を超えていた。 その十四回のうちわけを説明する気はない。名誉の問題である。いろいろあった。とりあえずいろいろあったことだけわかってもらえればいい。粉が散り、牛乳が飛び、砂糖が舞い、火災報知器が発動した。 そして十五回目。 見事に俺の上司、リチャード・ラナシンハ・ドヴルピアン氏は、ホットケーキを焼き上げることに成功したのである。直径十五センチほどの、満月のようなまあるいケーキ。あまり膨らまなかったが、もちもちしておいしそうだ。 実の所リチャードが、苦手な料理に挑むのはこれが初めてではなかった。 だが最初から、俺の助力を
中野サンプラザで、アニメ「宝石商リチャード氏の謎鑑定」、プレミアムレセプションパーティこと、DVD・Blurayをご購入いただいたお客さま限定のイベントが開催されました。 午後1ピンクサファイアの部、午後2ホワイトサファイアの部とあり、午後1の部は配信で、午後2の部は現場で拝見させていただきました。 二枚目の画像を見ていただいてもわかると思うのですが、参加時の情報管理はもちろん、マスクの着用、手や足の除菌(マットがありました)、入場から退場までの人数制限など、厳戒態勢で行われたイベントです。理由を説明する必要のない状況が続いていることがつらい一方、こうした取り組みをしてくださるスタッフの方々への感謝の想いもつのります。本当にありがとうございます。 こういうイベント、とても久しぶりでした。 そう感じているのは私だけではないようで、会場近辺でも、そういうお声を聴いたように思います
「では心を込めて。ハァッピ、バァースデーイ」 「うわもうやめて」 「トゥー・ユーウ」 「その余韻もやめて」 「ハァッピー、バースデイ」 「マリリン・モンローの物まねもやめて」 「トゥー・ユー」 「好きじゃない」 「ハァッピバァ――……この渾身のファルセットちゃんと聴いて。バァ――!」 「無駄にうまい」 「アァ――!」 「どこまで伸ばすの」 「アァ――スデ――エィェィエ――」 「本当に無駄にうまいんだから」 「ェエ――イ、ディーア」 「あー、あー、あー! 聞こえない!」 「………………」 「あー!! あー!! わー!! ……終わった?」 「ジェ」 「あーっ! 聞こえない聞こえない! 何も聞こえなーい!」 「じゃあそこは省略して、ハアッピバースデーイ、トゥー・ユー。おめでとう。終わり」 「ありがとう。ひゅう、やっと終わった…………」 「苦行僧みたいな顔するなら歌わせなきゃいいのに」 「そこは褒
俺は中田正義。どこにでもいる平凡なラーメン屋『なかたや』の店主だ。とある田舎町の某所に店を構えている。なかたやのラーメンはだしが決め手で、何と言ってもおすすめはしょうゆ。最近はとんこつも人気だ。右隣にはイングリッシュ・パブ『ジェフ&ハリー』、左隣にはスリランカ料理店『ランプの魔神』があるので、会社の昼休みの時間帯には混雑するが、顔ぶれの八割は常連さんだ。 常連さんたちは、いつも俺のラーメンをおいしいと言って食べてくれる。 それはとても嬉しい。 でも、できることなら、ひさしぶりに新しいお客さんに出会いたい。 ぬるまゆの中でたゆたう俺を、厳しく窘めてくれるような人でもいい。 わがままかもしれないが、そんな風に思っていた時。 まさにその時だった。 なかたやの赤い暖簾を、俺の見知らぬ人影がくぐってきたのは。 「いらっしゃい!」 「お邪魔いたします」 しゅっとしたシルエットの男性だ
2019年8月21日 宝石商シリーズ第9巻 「宝石商リチャード氏の謎鑑定 邂逅の珊瑚(サーンウー)」が発売されました。 おかげさまで9冊目です。 ここにやってくるまでに、お力添えをくださった(というもおこがましい、ターボエンジンをとりつけてくださった)皆さまに、心から感謝します……! サイン本を置いてくださった書店さん(完売しているそうです)、特設コーナーを作ってくださっている書店さん、本当にありがとうございます。優勝旗みたいな垂れ幕や、鉱物標本みたいな箱にはいった本、心づくしのポップなどなど、画像を拝見するだけでワクワクします!! 雪広うたこ先生の絵は、先生曰く『いつもとはちょっと雰囲気が違う』そうですが、美しいリチャード氏と正義くんの二人の姿はいつもと同じく、でもそこに新たな光が宿っているように見えます。 雪広先生はいつも、できたてほやほたの小説を読み込んで、素晴らしい絵をつく
美しさにも種類があるという。 宝石の話に限れば、簡単なことだ。石の世界は切って分けられる。色で、硬度で、結晶の形で、産出地で、誰かの好みで分類できる。鉱物の分類の視線でわければ、エメラルドとアクアマリンが、ルビーとサファイアが仲間同士になったりする。 ではこれは? 今俺が目の前にしている、これはどうだろう。 どういう種類の美しさになるのだろう。 「これは……」 「『これは』?」 「なんだか……うまく言えないんですけど……あ、そうだ」 青の時代みたいだと。 俺が口にすると、彼はすぼめた唇に手を当てて笑った。いたずらが成功した子どもみたいな顔である。お行儀が悪いと、俺のバイト先の上司がいたら言うだろう。だか今日この部屋、俺が陣取っているどこかのホテルの上のほうにあるだだっ広い部屋には、俺の他にもう一人しかいない。 ソファの上に寝っ転がって、テーブルの上の液晶端末をフリックしていた
2018年12月18日 集英社オレンジ文庫から、『宝石商リチャード氏の謎鑑定 夏の庭と黄金(ドール)の愛』が発売されました。 すてきなカバーは、雪広うたこ先生の作品です。 夜の山を背に寝そべる二人、山の上をとぶ輝く何か、そして散らばる石の球体たちが、なんだかこの12月にぴったりな聖なる雰囲気をまとっていて「12月発売に『夏の庭』って寒々しいんじゃないかな、大丈夫かな……」という私の心配をふかふかの毛皮のコートのように包み込みついでにカイロと火鉢とあったかいお芋までつけてくださったようにパーフェクトケアしてくださいました。雪広先生、本当にほんとうにいつもありがとうございます。一緒に歩いた某所で、店外につるされた派手な上着をみかけ「あの服、ジェフに着せたいですね……(辻村)」とかトンチキなことを言っていた日がもう懐かしく思われます。ジェフ、雪広先生が「そうですね!」と言わなかったことに君は感謝
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