こんにちは。わたしのなまえは、無理チャードです。 むりちゃーど、と読みます。 日々起こるいろいろなことが大体無理な、三頭身くらいの存在で、口ぐせは「無理です」「ああ無理です」「もう無理です」などです。サイズ感? あってないようなものですが、手乗りサイズくらいだとおもっていただければよいでしょう。 説明します。 私のおやぶんにあたる存在は、リチャード・ラナシンハ・ドヴルピアンというたいそうな名前を持った美貌の男です。しかし彼はええかっこしいなので――失礼このようなことをおやぶんに申し上げるのはいけないことですがわたしは無理チャードなのでゆるしてください――日常の中で「ちょっと無理だな」と思っても「無理です」とはなかなか言わないのです。 そんな彼の無理概念の集合体が、わたし、無理チャードであるわけです。 わたしのおうちは親分のこころのなかです。 こころのなかにわたしを感じる時、わ
落雷による急な停電か何かが原因だったらしい。 初夏の日、私たちが乗っていたスイス山岳鉄道は、山中で急にストップしてしまった。 食堂車まで据え付けてある列車である。もちろんトイレも毛布もある。一日や二日止まったところで、生死にかかわる大問題になる可能性はわりあい少ないだろう。だが世の中の人には、当時の私のような十歳の子どもでもない限り「明日の仕事」「明後日以降のタスク」というものがあり、交通機関が予想外に一時停止などしてしまおうものなら、それらがとんでもなく遅れてしまって大変なことになるのだ。大抵の人は困る。あるいは戸惑う。最後は怒る。 そして子どもは、そういう大人のイライラした空気を、鋭く感じ取る。 叔父に連れられて叔母の山小屋まで――叔母は私が来るのをたいそう楽しみにしてくれていた――行く途中だった私は、暗くなった電車の中でひとり震えていた。叔父は「様子を見てくる」と言って、私たちの四人
3/27に発売された、「少女小説とSF」(星海社)に参加させていただいております。 SF世界のレジェンドのような先生方の中にまじらせていただいて、今でも「これは夢じゃないか……!?」という気持ちのままです。本当に私がここにまじっていいんですか……?! 愛らしくも力強い瞳をもつ「少女」の挿画は、orie先生のものです。 辻村七子は『或る恋人たちの話』という、18世紀くらいのフランスが舞台のスチームパンク身体改造系SFを書きました。ご縁があったらよろしくお願いいたします。 また、4/27~28の二日間、代官山蔦屋(ツタヤ)書店で開催される『SFカーニバル』に、今年も参加させていただきます。サイン会もあるので、お近くにお住まいの方は遊びに来てみてください。SF作家があちこちから集まってきて、みんなでワイワイやっている春の催し、きっと楽しいですよ!
その人を美しいと思う。 それは当たり前のことだった。 空が青いように、鳥がさえずるように、人々は口々に言った。 美しい――と。 半面、ティモシーは人々がこう口にするのもよく耳にしていた。 かわいそうに、あんなに人並外れて美しいと、いわゆる『人並みの幸せ』は手に入らないだろうね――と。 幼かったティモシーには、それがどういう意味なのかわからなかった。おじいちゃまやおばあちゃまに連れて行ってもらうよそのお屋敷のパーティに佇んでいる、お人形のように美しい同世代の男の子が、『幸せになれないね』なんて言われるのを可哀そうだと思いながら聞いていた。とはいえそんな特別な男の子と、特に親しいかったわけでもない。「そんなこと言うものじゃないですよ」等と言い返す義理も度胸も、ティモシーにはなかった。 時は流れ、ティモシーはおじいちゃまから爵位をつぐことになった。おとう
世の中には二種類の人間がいる。品定めを『する』側と、『される』側である。 その極致がこの場所なのかもしれないと、十八歳のジェフリー・クレアモントは理解していた。 「まあ素敵なお召し物。次代をになう坊ちゃまがご立派で、お父さまもさぞかし鼻が高いでしょうね」 「ありがとうございます、メアリー夫人。ですが自分は次男ですので」 「本当にねえ。こんなことは言わない方がいいのかもしれませんけれど、お兄さまとあなたが逆でしたらよかったのに」 言わない方がいいかもと思ったなら言うなよ、と思いつつ、クレアモント伯爵家の次男は礼儀正しい笑みを浮かべ続けた。メアリー夫人は近隣の侯爵家の先代当主の夫人で、御年は八十に近い。何を言われても目くじらを立てるべきではなかった。 六月のイギリスを代表する風物詩、ロイヤル・アスコット。 アスコット競馬場と呼ばれるロンドン郊外の場所で開催されるのは、王族主催の華やかな競馬だっ
花の中で眠っていた。 目が覚めた時まず、えっどうした、と思った。頭の上で花が咲いているのだ。赤とオレンジのあいだくらいの淡い色合いの花。コクリコだろう。ベッドやソファでうたたねした時とはまるで視界が違う。花の上には空が広がっている。明らかに屋外だ。 そして。 「おはようございます」 リチャード。 空と、花と、リチャード。 何だかポエティックだなあと思いながら、わけのわからないまま目を擦り、上半身を起こすと、頭の上から葉っぱが落ちた。 庭園と池。太鼓橋。ああ。 「ヘンリーさんの新しい家……だっけ」 「その通りです」 「コンセプトが印象派で、ええと、ここは」 「ジヴェルニー」 「ってことは、フランス」 「ウィ」 その通りです、とリチャードが答える。徐々に状況理解が現実に追い付いてきた。 俺とリチャードは一週間前からヨーロッパ大陸に来ている。ミュンヘンでのミネラルショーに参加するためだ。ミュンヘ
「うーん…………」 スリランカ、キャンディ市某所の社宅。 二階のクローゼットを前に、俺、中田正義はうなりごえをあげていた。 高校生や大学生の頃には想像だにしなかった悩みに直面したのである。 服がもう、収納に入りきらない。 捨てないと入らない。 バラエティ番組か何かで『服を買いすぎてしまう女性』というものを初めて見た時に、世の中にそんな悩みがあるのかと感動すらした俺が、二十代半ばの今、その悩みを我が事として引き受けている。これもある意味感動的ではあるが、どっちかというと現実逃避だろう。 捨てなければ。 服を捨てなければならない。 まずはクローゼットの現状を認識しよう。スーツはいい。新しいものを買った時には古いものをご近所さんに差し上げているので、それなりに回転している。私服もいい。着まわしているポロシャツやTシャツは量販店のものなので、古くなったら雑巾にしている。 問題はこれだ。 「正義、ど
「うかない顔してますね」 「……ジェフリーさん」 「中田くんはそんなにパーティが苦手でしたっけ?」 晩夏のフランス。 ロワール川沿いに建つ古城が、今日のレセプションの会場だった。 クラシック音楽とEDMをまぜた、どことなく上品なダンスミュージックが、宝石とアンティークの展示された一階ホールを満たしている。フランスに軸足を持つ大手ブランドの新コレクションお披露目パーティで、俺とリチャードは招待客枠だった。厳密にいうとリチャードだけが。一名同伴可能。 俺は秘書枠、ガードマン枠である。 だが、おおかたの招待客は、パートナーを伴っていた。 美貌の宝石商、英国伯爵家の血をひくリチャードは、引く手あまたの生きた宝石である。まあ何て素敵、まあエレガント、さまざまな言葉で存在を称賛され、それとなく探られる。 そちらの方は? と。 秘書ですとリチャードは紹介する。 ああそうなのね、と皆さんは微笑み、俺を眺め
十二月二十四日。クリスマス・イブ。人々の気分が浮き立つ日。 俺の大事な上司リチャード氏の誕生日でもある日。 何という運命のいたずらか、俺の上司は宿泊先のアパルトマンで体調を崩してしまった。それほど熱は出ないタイプの風邪のようだったが、倦怠感と吐き気がひどいらしく、白い顔をしてベッドでうなっている。心配だ。非常に心配である。だがそれ以上に、申し訳ないのだが少しおかしい。 「健康です。私はまったくもって健康です」 「絶対調子が悪いだろ。そのまま寝てろよ」 「今は多少物憂い気分であるため横になっていますが、気が晴れたらすぐにでも起きてあなたの料理をいただきたく思っています」 「無理するな。たまごのおかゆ作ってるから。あ、ポリッジの方がよかった?」 「正義、せっかくのイブなのです…………」 「関係ないよ。暦のために人間がいるわけじゃないだろ。人間のために暦があるんだ」 「それでも地球が回るのと同じ
「家の中でクリスマスマーケットするのってどんな気分?」 「ン。多少、ふしぎ」 「そりゃそうだね!」 茶髪の日本人は、見渡す限りの庭園と、そこここに広がるクリスマスの出店を眺め、あーっと叫び、のびをした。広大な敷地と喧騒のせいで、特に誰も振り向かなかった。 二人の背後には、巨大というにもあまりある、英国貴族のカントリーハウスが控えている。地図帳で言うところのクレアモント・ハウスだった。 「広いなー。スペインの農園にお邪魔して、『広い家』には慣れたつもりだったけど、やっぱこの広さは異次元だ」 「長年にわたる、支配と、搾取と、暴力の、結果」 「エンリーケ、やっぱ日本語の語彙に偏りがあるよ……」 私は英国人なのでと、茶色いカシミアのコートのイギリス人は英語でふざけた。 ツリーのかざりやスコーン、ミンスパイ、ホットワイン、園芸用品など、手に手に収穫を持って出店をめぐる観光客たちは、庭園と邸宅の持ち主
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