2021年12月17日 集英社オレンジ文庫から、『忘れじのK』シリーズの2巻 『忘れじのK はじまりの生誕節』が発売されました。 このおしらせの記事を書いているのは2022年の1月なので、もう発売から一か月が経ってしまったのですが お手に取ってくださった皆様、ありがとうございます……! フィレンツェで暮らす半吸血鬼のKこと、かっぱさんと、彼と不思議なきっかけで知り合った中退医学生、ガビーの物語です。舞台は現代イタリアです。 Kシリーズがここからまた続くかどうかは全くわからないので、 もしかしたらここでおしまいかもしれない、そうだったら……と思いながら 彼らの決断の物語を書きました。 決断にもいろいろな種類がありますが、彼らの前途に、ゆたかな未来がひらけていることを 生みの親として、ひとりの他者として、心から祈っています。
「……よしわかった。今回のエチュードの内容は、【きびしい学校の先生と生徒と保護者】だ」 「おお! 今までありそうでなかった学園もの!」 「登場人物は、学校の教師、生徒、保護者の三名ですね。正義、あなたはどの配役がお望みですか」 「俺は……そうだなあ、生徒しか経験したことがないから、無難に生徒にしてもらおうかな」 「了解です。じゃあリチャードさんが次に選んでください。俺は最後に残ったのをもらいます」 「では、保護者で」 「じゃ、俺がきびしい先生ですね。よーし、厳しくいきますよ!」 「勝は準備万端だな。ではいこう。最後のエチュードだ。ようい!」 ・・・ 「おい佐藤! どういうことだ、この成績は! お父さんもがっかりしてるぞ!」 「失礼先生。わたくしは彼の『お父さん』ではありません。それほど年の離れていない後見人ですが、保護者であることには変わりありませんので」 「お
「わかった。次のエチュードの内容は、【猫の所有権をあらそう別れそうなカップル】だ」 「ああ……」「まあ……」 「現代アメリカ劇って感じだな。じゃあ登場人物は、恋人たちと、猫?」 「そういうことになるだろうが、別の相手を設定してもいいぞ。勝、お前はどの配役が望みだ」 「いや、そこはお二人に俺があわせますっていうか…………あれ?」 (ジェフとヨアキム、どうぞどうぞと勝を促している) 「……なんか……余裕ですね。お二人とも」 「いろいろやってるからね、演技に関しては」 「この人とんでもないたぬきよ。まあ私も他人のことは言えないけど」 「それは勝のためになりそうだ。勝、せっかくだからカップルの片割れを演じてみろ。申し訳ありませんが、お二人のどちらかが猫をお願いします」 「あらまあ、じゃあ私がお相手役になりましょうか。演じやすいでしょ。ジェッフィ、かわいそうだけどあなた猫ちゃんよ。んー可愛い」 「何
「エルガー・オルトンです」「ワンだ。こいつの所有物だよ」 「ああっ、もう設定が決まってるタイプのアクターさんだ! 話が早いや。こんにちは。二藤勝です」 「鏡谷カイトです。では決めましょう。今回のエチュードの内容は【王と奴隷と吟遊詩人】!」 「来たな、最近はやりのファンタジー! お二人はどういう配役にしますか?」 「……ああ、演技をするのですね。ワン、どうしよう。私には何が合うだろうか」 「そりゃ順当にいけばお前が王で俺が奴隷でそっちの兄さんが吟遊詩人だろ。でもそれじゃ面白みにかける。よしエル、お前吟遊詩人やれ」 「それは歌をつくる人のことではないだろうか? 私には最も不適切な役回りである気がするのだが……」 「だから面白いんじゃねーか。そこのイケメンの兄さん、あんたが王さまやれよ。俺たちは俺たちで気ままな『身分の低いやつら』コンビになるからさ」 「ああ、わかりました。最初の設定はあんまり考
「では今回のエチュードの内容は、『親切なお金持ちの貴族と貧乏な学生と雑誌の記者』だ」 「おおー!」「オウ……」 「下村さんが『お金持ちの貴族』は確定ですね。エンリーケさんはお金持ち以外でしたから、学生と雑誌記者、どっちにします?」 「……デハ、学生デ」 「了解です。じゃあ俺は雑誌の記者ですね。どんな記者にしようかなあ」 「うーん、俺お金持ちになったことがないからわっかんないですけど……エンリーケ、どんなのだと思う?」 「ソウデスネ、よくいるところでは、パパラッチ?」 「なるほど! じゃあ俺は貴族の下村さんのパパラッチってことで。設定はエチュードしながら考えましょう」 「それが良作だな。ではお三方、よろしくお願いいたします。ようい!」 ・・・ 「あー、お金があるある! お金があるなあ!」 「オウ、ハルヨシ、お金持ちはあまり、『お金がある』とは言わないカモシレマセン
「……そうだな、では加藤さん、ガビーさん、勝、三人のエチュードは 『愛のためなら死ねると豪語する男とその恋人と犬』だ」 「待て待て待て。俺と悟は演技の初心者だぞ。その中で、誰かが犬をやらなきゃいけないのか」 「大丈夫です。犬はただ寝ているだけでもいいですし、時々『ワン』と吠えるだけでも構いません。恋人も、男でも女でも構いません」 「ああ、じゃあ、お二人が先に役を選んでくださいよ。俺、あまりものをやります。そんなに演技の経験は長くありませんけど、一応プロなので、何でも楽しんじゃいます!」 「………………かっぱ、どうする」 「俺は、そうだなあ……じゃあせっかくだから、『死ねる』って言う人かな」 「わかった。じゃあ俺は犬だ」 「俺が恋人ですね。カイト、せっかくだから、俺は『女の人』って想定でやってもいいかな」 「オールメールの舞台ではよくあることだ。挑戦してみるといい」 「了解! じゃあ悟さん、
「よし、エチュードの内容は『花屋のお兄さんと、これから告白に行く高校生の会話』だ」 「かわいいなあ! わかりました。じゃあ天王寺さん、俺が」 「おじさんが高校生ね。で勝ちゃんが花屋のお兄さん」 「えっ、ええーっ、逆じゃないんですか」 「それじゃ普通すぎて面白くないだろ。勝ちゃんの演技力向上のためを思ってる鏡谷演出の気持ちを汲めば、この配役が妥当だよ。だよね?」 「そういうことでもいいでしょう。勝、スピードの勝負だ。一本の劇を進ませ、おわらせることを意識しろ」 「わ、わかった」 「おじさんはいつでもいいよ」 「ではいきましょう。スタート!!」 ・・・ 「こ、こんにちは…… お花、ください」 「いらっしゃい。何を差し上げましょう」 「えっと、あの…… 若い子が、好きそうな花がいいんですけど」 「ああ、彼女さんにプレゼントするのかな? 立派な子だねえ!」 「えっと、そうじゃなくて…
(ここまでのあらすじ! 俳優の二藤勝と脚本家の鏡谷カイトは、突如ふしぎな世界に迷い込み、「演劇の塔」を上らなければ脱出できないという状況におかれる! ふたりは訝りながらも塔の中に足を踏み入れ、そこで待ち受けていたのは……) 「あっ、司さんじゃないですかー!」 「天王寺さん……」 「おー! 若人二人よ、おひさしぶり。おじさん待ちくたびれちゃったよ」 「ここは何なんですか? どこの局の撮影なんですか?」 「まあそういうことはさておきだ、この塔のルールについて説明するのがおじさんの役目ってわけよ。ってことでこの説明の紙を読みな」 「紙……?」 説明しよう! この塔は「アクトタワー」と呼ばれています(※浜松に実在するタワーとは関係がありませんが一度展望台に上ってみたいという気持ちはあります) 各階にまちうける「アクター」たちと 即興演劇、通称エチュードを一
信仰に根差したものであれ、そうでないものであれ、『クリスマス』という文化が根差した地域において、十二月二十四日の夜は特別なものだ。俺の上司はそう言った。俺もそれはわかる。 ここ日本では大切な人たちと過ごす日だ。これもわかる。 わからないのはその先だ。 「ですから今日くらいは、あなたもご家族と共にお過ごしになっては?」 「……リチャード、俺なんか、悪いことしたかな」 「何故そのようなことを? 私は一般論として」 「せっかくクリスマス・イブなのに」 「あなたにもそれなりの」 「料理の下準備もかなり頑張った」 「上司としての福利厚生を」 「プレゼントもばっちり隠してあるし」 「隠していることを暴露してどうするのです。ご家族に顔を見せて差し上げては」 「今日のプリンの出来栄えは殿堂入りものだぞ」 「………………」 口をもにゃもにゃさせながらも、リチャードはプリンの話に食いついてこなかった。かなり、
『先日、日本へ、いきまシタ』 「ええっ」 エンリーケ・ワビサビこと、日本語の生徒にしてセッション相手の一言に、下村晴良は驚いた。二人の回線は無料動画通話アプリでつながっている。晴良の所在地はスペインで、エンリーケはイギリスだった。 「なんで日本に」 『所用、いえ、社用、ウム、ナニカ、そのようなモノです』 「所用か社用……」 でも一瞬の滞在だった、とエンリーケは苦笑いし、ひゅっと手を飛行機のように動かしておどけた。お手軽な日本語教室を始めた時に比べると、語学の上達はもとより、彼の表情が随分明るくなっていることに、晴良は気づいていた。 「一瞬でも初めての日本だったんだろ。どうだった?」 『…モウチョット滞在したかったデスネ』 「そりゃあそうだ! あー、日本か。俺も懐かしいよ。コンビニに入ったら何でもある空間って、こっちで考えると夢みたいだ
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