(ここまでのあらすじ! 俳優の二藤勝と脚本家の鏡谷カイトは、突如ふしぎな世界に迷い込み、「演劇の塔」を上らなければ脱出できないという状況におかれる! ふたりは訝りながらも塔の中に足を踏み入れ、そこで待ち受けていたのは……) 「あっ、司さんじゃないですかー!」 「天王寺さん……」 「おー! 若人二人よ、おひさしぶり。おじさん待ちくたびれちゃったよ」 「ここは何なんですか? どこの局の撮影なんですか?」 「まあそういうことはさておきだ、この塔のルールについて説明するのがおじさんの役目ってわけよ。ってことでこの説明の紙を読みな」 「紙……?」 説明しよう! この塔は「アクトタワー」と呼ばれています(※浜松に実在するタワーとは関係がありませんが一度展望台に上ってみたいという気持ちはあります) 各階にまちうける「アクター」たちと 即興演劇、通称エチュードを一
信仰に根差したものであれ、そうでないものであれ、『クリスマス』という文化が根差した地域において、十二月二十四日の夜は特別なものだ。俺の上司はそう言った。俺もそれはわかる。 ここ日本では大切な人たちと過ごす日だ。これもわかる。 わからないのはその先だ。 「ですから今日くらいは、あなたもご家族と共にお過ごしになっては?」 「……リチャード、俺なんか、悪いことしたかな」 「何故そのようなことを? 私は一般論として」 「せっかくクリスマス・イブなのに」 「あなたにもそれなりの」 「料理の下準備もかなり頑張った」 「上司としての福利厚生を」 「プレゼントもばっちり隠してあるし」 「隠していることを暴露してどうするのです。ご家族に顔を見せて差し上げては」 「今日のプリンの出来栄えは殿堂入りものだぞ」 「………………」 口をもにゃもにゃさせながらも、リチャードはプリンの話に食いついてこなかった。かなり、
『先日、日本へ、いきまシタ』 「ええっ」 エンリーケ・ワビサビこと、日本語の生徒にしてセッション相手の一言に、下村晴良は驚いた。二人の回線は無料動画通話アプリでつながっている。晴良の所在地はスペインで、エンリーケはイギリスだった。 「なんで日本に」 『所用、いえ、社用、ウム、ナニカ、そのようなモノです』 「所用か社用……」 でも一瞬の滞在だった、とエンリーケは苦笑いし、ひゅっと手を飛行機のように動かしておどけた。お手軽な日本語教室を始めた時に比べると、語学の上達はもとより、彼の表情が随分明るくなっていることに、晴良は気づいていた。 「一瞬でも初めての日本だったんだろ。どうだった?」 『…モウチョット滞在したかったデスネ』 「そりゃあそうだ! あー、日本か。俺も懐かしいよ。コンビニに入ったら何でもある空間って、こっちで考えると夢みたいだ
2021年11月5日 ポプラ文庫ピュアフル(ポプラ社)から 辻村七子の本が発売されました。 「僕たちの幕が上がる」 すばらしい挿画は、TCB先生です。 演劇にかける、ふたりの青年と、彼らを取り巻く舞台の人々の物語です。 デビューさせてもらった、集英社オレンジ文庫以外の場所でご本を出させていただくのはこれが初めてになります。 辻村にお声がけをくださった編集さん、「今年は無理です…(2019~2020年ごろの話)」と一度はお伝えしたものの、2021年になってもチャンスをくださったことに感謝します。 上の一行あらすじより、もう少し細かくこの物語の解説をすると、 このお話は、二藤勝(にふじ まさる)くんというアクション俳優と、鏡谷(かがみや)カイトくんという脚本演出家の二人に焦点をあてつつ、あるお芝居をつくりあげる過程を描いたもので、いわゆる『バックステー
「ローズ姫と黄金のめがね」のプルーフをいただきました。 早川書房さんの読者モニター応募に応募したところ、ありがたくもモニターに選んでいただけたおかげです。 「ローズ姫と黄金のめがね」については、 早川書房さんのnote https://www.hayakawabooks.com/n/n2409bc018609 が詳しいので、「読書感想文」を読む前にざっと見ていただければと思います。 ざっくりいうとメガネをかけたプリンセスが主人公の、メガネをかけた女の子をencourageする内容の絵本です。 だと思っていました。 そういう認識で、編集部の方が一冊いっさつ手製本してくださったきれいな絵本を読んでいたら、最後にはボロボロ泣いていました。 物語は主人公のローズ姫が、両親である王さまとお妃さまから、誕生日の贈り物にメガネをもらうところから始ま
最近、twitterの”space”という機能を使って、作業の配信をしています。 ほとんどパチパチというキーボードの音しか聞こえない『配信』なのですが、配信している最中は逃げられない(笑)ので、作業を助けてもらっています。 twitterのアカウントを持っている方で、お時間が合えば、どなたでも聴いていただけるサービスですので、よろしければ遊びに来てください。 これまでも何度か配信をしていたのですが、本日6/29の夜の配信に、オレンジ文庫で『廃墟』シリーズを執筆なさっている、仲村つばき先生が遊びに来てくださいました! お互いにアニメ『少女革命ウテナ』が大好きであることがわかって盛り上がったりと、コロナの時代に久しく感じそこねていた、同好の士と盛り上がる喜びを全身で感じました。 仲村先生、本当にありがとうございます。 全力でおしゃべりをしていたため、全ての
「――日付が変わったね。あなたのお誕生日だよ。おめでとう!」 「ありがとう」 「おめでとーう!」 「ありがとね」 「テンションひっくい。何でもしてほしいことしてあげるよ」 「別にいいよ。そういう関係でもないし」 「どういう関係のこと言ってるの? 友達の誕生日を祝うのは当たり前のことだよ」 「………………」 「ちょっと」 「………………」 「ちょっとー? ハロー?」 「……いや、君と僕は、友達だったんだなあって」 「私の中では、一度会ったら『お知り合い』、二度会ったら『知人』、三度会ったら『お友達』なの。よって私たちはお友達。もう十回くらいは会ってるでしょ? そういう意味」 「ああ、そういうヨアキムコードがあったんだ」 「あったの。さ、何してほしい?」 「いいよ、別に何もしなくて」 「踊ってあげるけど」 「いい。特にないんだ。してほしいこと」 「…………ふーん。ま、いいよ。わかってはいたし。
2021年6月18日 『宝石商リチャード氏の謎鑑定 輝きのかけら』が発売となりました。 シリーズ第11作にあたります。 谷本さん、ヴィンス、ジェフリーなど、いままでサブポジションでリチャード氏や正義くんを支えてくれた人たちに焦点を当てたお話です。 おそらくは編集担当さんだと思いますが『これまでと、これからの話』というキャッチコピーを帯につけていただきました。そのものずばりだと思います。 短編が7本収録されているといいながら、今回の本は実質、中編1本+短編6本です。 1本だけとても分量の長いお話が隠れています。 「彼」のお話です。 「彼」は今まで活躍してくれたサブポジションの人々の中でも、とりわけリチャード氏と正義くんのために心をくだいてくれた人で、ついでに自分自身まで砕こうとするくらい頑張りすぎていた人だと思うのですが、どういう道筋をたどって、どういう風に歩いて
5月18日、集英社オレンジ文庫から、『あいのかたち マグナ・キヴィタス』が発売されました。辻村七子初のSF短編集です。アンドロイドやサイボーグたちがふつうに存在する未来の世界を舞台に、主にアンドロイドの修理を請け負う人たちの姿を描いています。 雄大な挿画は、くろのくろ先生です。 辻村の今年になって初めての本、ぴっかぴかの新刊です。 とはいうもののこの『マグナ・キヴィタス』というサブタイトルにあるように、この本の舞台になっているキヴィタスという海上都市は、2017年の作品『マグナ・キヴィタス 人形博士と機械少年』と同じ場所です。 あの時の主人公、エルことエルガー博士と、ちょっとなまいきな少年アンドロイド・ワンの姿を、久しぶりに書かせていただくことができました。 とても嬉しかったです。 『マグナ・キヴィタス』はシリーズというよりも、世界観を同じくした場
「……バレンタインに、好きな子からチョコもらったんだけど、どうすればいいかわからない」 爆弾。 たとえるならば、そんな言葉だった。 エトランジェのうららかな午後、ご来店なさった春田さまご夫妻は、ひとりの男の子をともなっていた。名前は祐也。中学二年生の男子で、俺の感覚だとおよそ宝石に興味のある年頃とは思えないのだが、物静かで思慮深そうな文系男子という雰囲気だった。 そしてご夫妻曰く、今日は祐也がエトランジェに行きたいって言ったのよね、とのことだった。 俺とリチャードは密かに視線を交わした。十四才の男の子が、両親に秘密で宝飾品をオーダーするとは思えない。何か話があってのことだろう。俺か。リチャードか。どっちだ。まあリチャードだろうが。 久しぶりに入荷した緑色のガーネットや、元気なオレンジ色のオレゴンサンストーンなどをお買い上げになった後、ご夫妻は気を利かせたのか「ちょっとそこの喫茶店でケーキを
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